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松下幸之助と『経営の技法』#156

7/20 信賞必罰

~適切かつ公平な信賞必罰を、常日頃から、求めなければならない。~

 古来、何ごとによらず信賞必罰ということが極めて大切とされている。功績あればこれを賞し、過ちあればこれを罰する。その信賞必罰が適切に行われてはじめて、集団の規律も保たれ、人々も励むようになる。いいことをしてもほめられず、よくないことをしても罰せられないとなったら、人間は勝手気ままにしたい放題をして、規律も秩序もメチャクチャになってしまうだろう。
 だから、信賞必罰ということはぜひとも行われなくてはならないし、またそれは適切、公平になされなくてはならない。賞するにせよ罰するにせよ、軽すぎては効果が薄く、重すぎてもかえって逆効果ということになり、まことに難しいものである。信賞必罰が適切にできれば、それだけで指導者たりうるといってもいいくらいである。
 したがって指導者は、常日頃から十分心して、適切な信賞必罰というものを求めなくてはいけない。そして、その際大事なのはやはり私情をさしはさまないということだろう。私情が入っては、どうしても万人を納得させる賞罰はできない。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、投資家に求められる素養には、従業員の教育や社風の構築が含まれます。組織を動かして利益を上げるのが経営者だからです。
 この従業員の教育や社風の構築に関し、松下幸之助氏は、従業員の自主性を繰り返し強調します(例えば7/14の#150)。これは、会社のキャパシティを、経営者のキャパシティよりも大きくすることを可能にするもので(7/10の#146)、経営上非常に重要です。
 けれども他方で、ここでの話のように、勝手気ままを否定し、集団の規律や秩序を重視する発言もしています。
 この両者から、松下幸之助氏の発言は矛盾している、一貫性が無い、などと評価すべきではありません。
 なぜなら、これはバランスの問題だからです。
 例えば、ニッチな領域で市場の絶大な支持を得ることに成功したとしましょう。まだ事業の規模も小さければなおさらですが、そこでは、下手に事業を拡大するのではなく、ビジネスの足場を築くことに専念すべき場合が多いでしょうから、せっかくのビジネスに、経営資源を集中する戦略が選択されることが多いと思われます。そうすると、従業員に求められる資質としても、自主性・多様性<忠実性・一体性ということになります。
 けれども、会社が大きくなり、狭い世界だけで戦うわけにいかなくなれば、市場に合わせて会社も多様化すべきですし、経営者のキャパシティを超えた大きさの活動ができるようにならなければなりません。そうすると、従業員に求められる資質としても、自主性・多様性>忠実性・一体性ということになります。
 そして、このように見ればわかるとおり、自主性・多様性と、忠実性・一体性は二者択一の問題ではありません。バランスの問題であり、ブレンドする割合の問題です。経営者とすれば、徹底的に従業員を支配するか、徹底的に従業員を放任するか、どちらかの方が簡単ですから、「どっちが正しいのか」という質問をしたくなる気持ちもわかりますが、経営はそんなに簡単なことではありません。二者択一の問題ではなく、バランスの問題は、この従業員管理の在り方(一体性 vs 多様性)以外にも、いろいろな場面で登場する問題であり、そこに、経営者のバランス感覚と指導力が必要とされるのです。
 したがって、ここで松下幸之助氏が集団の規律や秩序を重視し、従業員の勝手気ままを否定する発言をしているからと言って、一部のブラック企業のような徹底した指導拘束を松下幸之助氏が承認している、などと曲解してはいけません。
 もっと複雑なことを理解し、判断し、実行できる能力こそが、経営者に求められるのです。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 ここで、特に注目されるのは2点です。
 1点目は、信賞必罰です。「必罰」は簡単ですが、「信賞」は意外と難しいものです。それは、給与や賞与で評価すべきものか、特別な表彰制度を設けるべきか、など人事体系と関連するからです。けれども、山本五十六の、いわゆる「やって見せ」メソッドにもあるように(7/3の#139)、従業員の自主性を伸ばすためにも、従業員を「褒める」ことが大切です。
 2点目は、「適切、公平」さです。これは、特にアメリカで重視される「fairness」に該当します。すなわち、アメリカでは子供のころから、「平等」よりも「公平」の重要性を叩き込まれますので、小学校に入るかどうかの年齢の子供でも、親や教師、大人の言動に不満があると、「It’s unfair!」(公平じゃない!卑怯だ!)と文句を言います。「不平等だ!」ではありません。日本では、「平等」に重点が置かれ、運動会のと競争でも順番を付けない例が紹介されていますが、アメリカでは、実力の違いを「不平等」として非難するのではなく、それぞれの能力に応じた「公平」な処遇が重要であり、そのことが個性の違いを尊重する文化の基礎となっています。だからこそ、「平等」よりも「公平」が重視されるのです。
 そして、このことを経営経験を通し、松下幸之助氏も実感しているのです。
 このような、「平等」よりも「公正」という発想は、氏の時代よりも現在のほうこそ、もっと重要になっているように思います。

3.おわりに
 松下幸之助氏は、私情を挟むべきでない点も指摘しています。
 これは、「平等」よりも「公平」の方が、基準として相対的であり、評価に主観的な面がどうしても入ってしまうことから、より慎重に、他者からどのように見られるのかまで意識して判断すべきである、という戒めです。『法務の技法(第2版)』で紹介した、「記者会見テスト」「説明責任」「怒る人テスト」など、自分の判断を第三者の立場に立った自分自身で検証するつもりで検証することが有効です。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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