地獄に通っていた小4の僕
みなさん、人生で辛かった時期はありますか?一度考えてほしい。
人それぞれ悩みがあり、多くの答えが存在すると思う。
レビは「小4の地獄に通っていた時期」にとにかく嫌な思い出がたくさんある。この時期に戻れと言われたら、僕はどんな条件でも飲む気がする。じゃあ地獄って何か。それは「地域のエリートのみが入れるスパルタ学習塾O」である。
レビは小学3年生の最後に、小学4年生から始まるレビの代のオリジナルメンバーを募る入塾テストになぜか合格した。合格してしまった。学校の優秀と呼ばれる10人とかが受けて2人だけ受かった。僕とサッカー部の友達R。小学生には難しい算数と国語の気がする。頭を働かせてなんとか答えを絞り出した覚えはある。
この塾は本当にすごい実績を叩き出す。中学高校入試の結果が飛び抜けていた。
親にも学校の友達、友達の親とかにかなり、褒められた。そして、僕はスポーツ万能であったため「文武両道のエリート」みたいな肩書を背負っていた。今書いていると非常に恥ずかしい。
せっかく受かったし、授業料が安いし実績がすごいとのことで行かない理由はなかった。しかし、ここから僕の小4生活がおかしくなる。
初めて行った日、ウォーミングアップのような感じで計算の練習がはじまる。しかし、明らかに知らないことなのだ。あとになって分かったが中学生の数学なのである。
レビにはなす術がなかった。何がわからないかもわからない。そして、当てられた際にトンチンカンな答えを口にする。先生は「お前はその程度なのか?」と僕を詰める。褒められてずっと育ってきた僕には衝撃的であった。
そして、周りは何食わぬ顔で問題を解いていく。当然僕は悪目立ちをする。1回目の授業でレビはある事実に気付いてしまったのだ。
「自分はエリートなんかじゃない」「自分はバカだ」
当時の自分は天狗になっていた。塾はレビに「おまえは大したことない」と言っただけだ。しかし、その一言が大きな意味を持っていた。
一緒に入塾した友人Rは1回目でやめた。親も合わないと感じたのだろう。賢明な判断とはこのことである。しかし、レビは親が「逃げるのか?大した理由ないのにやめれると思ってんの?」という感覚で到底止めることはできなかった。
ここから週に1回3時間くらいしかないこの塾がある水曜日が嫌になる。この塾はありえない量の宿題を出す。僕は宿題の半分くらいわからなかった気がする。
宿題を提出するのが精一杯。サッカーの練習、試合をして学校の宿題と大量の塾の宿題をしていたら気付いたら水曜日。そのときは心の底からサッカーが楽しかった。サッカーをしている時間以外、「あと何日で水曜日」「宿題はどれほど残っているのか」などをずっと考えていた。僕はこの考えから抜け出したく、あるルールを自分に設けた。
「土日までは塾の宿題をしない」というルール。
月、火、水(授業始まるまで)に全てを終わらすルール。そうすれば3日間だけ塾のことを考えれば良いのだ。
しかし月曜のサッカーの練習で疲れて諦めたり、どんどん難しくなる課題や友達に遊びに誘われたり、誘ったりで終わらない。僕はいつしか食らいつくことさえやめてた。もう逃げていた。そして、解こうとしても解けないのだ。質問なんかしても「わからない自分」に対して何かを言われることが始まる。質問はしなくなる。
一回の宿題忘れ(持ってこないorやってこない)で万引きをしたのかと錯覚するほどに怒られる。レビはあんなに親以外の大人に怒られた体験がない。
そして内容は「お前だけできていない」「社会を舐めるな」「ごめんなさいで許されるわけないだろ」というような耳が痛い話である。普通はここで改心するかもしれない。しかし、レビはもう逃げているのだ。しかも真面目に取り組みたいけどわからないのだ。
とにかく人格否定をされている感覚で毎回通っていた。何かをやらかし、すぐに廊下に立たされる。
しかし、友達や他の親からは「頭良い」なんか言われたりして頭がおかしくなりそうだった。俺はどっちなんだと思ってた。
結局勉強が嫌になり、学校の宿題も出さない日もあった。そしてそれに対して怒る親にもムカついていた。親は小4の頃妊婦であり、小5のときは子育てに追われていた。レビを管理する暇もないし、感情的なのも当たり前だ。しかし、そんなことは大人である今になって思えることである。
学校の宿題をしない、モンスターハンターばかりをする、ストレスでお年玉を勝手に使ってみたりなどしていた。この頃はとにかくみんなと遊びたかった。
塾のことはこの頃からあまり覚えていない。本当に嫌なことは忘れてしまうのかもしれない。しかし、再テストを受けなければならないものをたくさん貯めていたことは覚えている。
結局親も「行かせても無駄」と感じて、レビはこの塾をやめた。
この体験から学んだことは2つである。
1つ目は「逃げることは常に選択肢に入れておく」ということだ。自分が壊れる前に逃げるべきだ。中途半端な逃げではだめ。完全に撤退する。違う方法なんていっぱいある。何回も訴えるべきである。自分の身は自分で守るしかないのだ。
2つ目は「明日やろうは馬鹿野郎」ということ。これは塾に貼ってあった格言。宿題を後回しにしていたことは本当に良くない。必要なことを必要なタイミングでやる。シンプルだけど難しい。社会人でも求められることだ。
この体験以降、僕は「本当に辛い」という感情に出会わない。中高大学受験、サッカーの辛い練習、すべてのことを耐えられる。この地獄を思い出すと、すべてのことが霞む。そして謙虚になれた気がする。
あの地獄の時間が、それから先の時間を天国にした。
今考えると案外良い経験だったのかもしれない。誰にだってしくじりはある。大切なのはそこから何を学ぶか。