耳の中でクモが脱皮していた。(小説)
耳の中でクモが脱皮していた。
数日前から、左耳から絶え間なく
「カリカリ音」が鳴り響いていたので、
耳鼻科に行って検査をしてもらうと、耳の中からクモの抜け殻が見つかった。
それもひとつではなく、小さな抜け殻が複数。
医者もびっくりして
「耳の中で脱皮してる生物なんて見たことない!
大発見だ!」と大興奮していた。
ひとまずその場で抜け殻は全て取り除いてもらえたのだが、肝心のクモ本体が見つからない。
医者は、見つからないのであればもう耳から出たのではないかと。
見つからないのならどうしようもないと放っているうちに、絶え間なく続いていた「カリカリ音」は日に日に消えていったので、
一週間ほどして本当にいないのだと胸を撫で下ろした。
それから俺のことがニュースで報道されると、
世界中の生物学者からの注目を集め、
「世界で初めて耳の中で生き物が脱皮した人」
として様々なマスメディアに載り、
テレビでは、
「奇妙な体験をした人」
としてバラエティ番組にも出演した。
そんな俺はいつしか「クモ人間」と呼ばれるようになり、一躍時の人となった。
街を歩くと、「あっ!クモ人間だ!」と声をかけられる。
たまに、
「見て、クモ人間!肌が黒くて身体が細くて、本当にクモみたい。ちょっと気持ち悪っ。笑」
などとヒソヒソ囁かれることもあったが、
俺の肌が黒くて身体が細いことは本当だし、第一俺はクモ人間なのでしかたがない。
俺の勤めていた家電会社は、
「クモ人間が働いている会社の炊飯器のせいでご飯が美味しくない」
などと、虫がよすぎる理由で
腹の虫が収まらない顧客からのクレームが絶えず、
ついに上司から、
「悪いのはお前じゃないが、このままだとうちが潰れる!すまん!」
と平蜘蛛のように頭を下げてクビを言い渡されてしまったので、俺は無職となった。
が、やはりクモ人間なのでしかたがない。
むしろ、クモ人間としてメディアに出始めてから収入は数倍に増えた。
会社を辞めてしまっても困ることはないどころか、このままクモ人間として新たな人生を歩み始めようとさえしていたところだ。
それから半年ほど、
芸能人御用達の会員制の店に入り浸ったり、
たまに有名女優とご飯に行ったりしながら有名人ライフを謳歌していると、
ある日、
「ケツの穴からハエの抜け殻が見つかったハエ人間」が現れた。
ハエ人間は、
世界中の生物学者からの注目を集め、
「世界で初めてケツの中で生き物が脱皮した人」
としてニュースで報道され様々なマスメディアに載り、
テレビでは、
「奇妙な体験をした人」として
バラエティ番組にも出演し、一躍時の人となった。
一方で俺は、ハエ人間の登場で人気が低迷し、収入が激減した。しばらくは貯金でやっていけたのだが、それもいつしか底をつきてしまった。
会社をクビになっていた俺は、新しい就職先を探すことになったが、「クモ人間」のイメージは良いものではなかったようで、どこの企業でも、
「クモ人間はちょっと」と雇ってもらえず。
俺は泣く泣くコンビニアルバイト生活を始めることになった。
なんたる惨めさ。半年前まではセレブのような生活を送っていたのに、今では世間で虫けらのような存在。
そもそも勝手に人気者気分でいただけで、俺は初めから虫けらだったのだ。
品出しをしていると、ハエ退治グッズの箱の表面にハエ人間が載っているのを見つけた。
ちくしょう。ハエ人間はタイアップまであるのか。
テレビでもSNSでもハエ人間の話題ばかり。
大体ケツの穴って、穴の穴と言っているようなものじゃないか。あーむかつく。
ここ数日の俺はハエ人間のことで頭がいっぱいだ。
こんなことばかり考えていたら、
「クモくんまあそんなにカリカリしないで」
なんてからかわれてしまう。
カリカリしすぎてなんだか本当に「カリカリ音」が聞こえているような気さえしてきた。
それから数日、俺の頭の中は「カリカリ音」でいっぱいだった。
「先セ、ドにゅカなルまぜンカ。俺ェぬあだまわ、」
カリカリ。
「…、かりカじ音ぜいっぱいダんレす。ちごとのときも、ゴ飯のときも、寝デいりゅときも、」
カリカリ。
「…チ六ジちゅウ、止まだくテ、人どまどもに会ワモぜきません。先セ、俺ェはぐモ゚ざありバせん、耳どナカぜぐモ゚のヌけ殻が見ちュかアだだけデす」
カリカリ。
カリカリ。
「たしぃカに、モドもど肌はクろいでしュシ、痩せれいまずけレぞ、」
カリカリ。
カリカリ。
カリカリ。
「ェ?」
カリカリ。
カリカリ。
カリカリ。
カリカリ。
「脳のれンドげん?」
カリカリ。
カリカリ。
カリカリ。
カリカリ。
「なン」
カリカリ。
「でずカね、こレ」
カリカリ。
カリカリ。
「、ぐモ゚」