スタンバイ中です
「しんどい。もう無理。」
力なくそう言った息子、すでに顔中に脂汗がにじんでいた。わたしの中で、警戒音が鳴り響く。
この日は、使い捨てのコンタクトレンズを作りに来ていた。眼科の待合室のソファで横にならせてもらい、わたしは小走りで水を買いに行く。いつもは必ず水を携帯するのだが、この日は忘れていた。
なんでここまでの異変に、わたしは気がつかないんだと後悔しながら、久しぶりのことに焦っている。ここまで体調を崩したのは、1年ぶりくらいだろうか。
深呼吸をした。落ち着いて、思い込まず、息子をよく観察して。わたしが動揺したら、息子はつられる。冷静になるんだ。
水を買って、息子のもとへ戻る。脂汗をハンカチで拭き、水を飲ませ、息子をよぉくみる。顔は青ざめていない。震えもない。腹痛もないようだ。
眼科の方に状況を説明し、途中だけれど、帰らせてもらうことにする。こうなったら、一刻もはやく帰る必要がある。ここで長引くと、息子の中でこの経験が残り、しばらく外出が怖くて、出来なくなってしまう。
最低限のことを済ませ、診療代を払い、息子を支えて車まで歩く。ほとんど、自力で歩けている。
ごめんと言いかけてやめた。かわりに、「しんどいって、はやめに言ってくれてありがとう」と伝えた。
車に入ったら、息子は助手席のシートを目一杯倒して、横になった。その姿を見て、ちょっと安心する。とんでもなく辛いとき、息子はうずくまる。だから、大丈夫だ。ゆっくりと車を出す。
ぼそっと、息子。
「腹減った…」
お腹が減っているのか。ますます、ホッとして、「昼ごはん、何食べる?」「まぜそば」「了解!」
家に着き、昼ごはんを食べながら、話す。食欲はある。大丈夫そうだ。「どうしたらよかっただろうか」と問うと、息子はちょっと考えて、
「がんばった日の次の日は、休む必要がありそう。」
前の日に、通信制高校へ願書をもらい行っていた。息子はこの日のサッカーは休むことに決めたが、買い物くらい大丈夫だろうと思ったらしい。コンタクトを買うことも、そんなには負担にならないと考えていた。わたしもだ。
息子の心中を考えてみる。調子を崩したのは、コンタクト装着の練習中だった。ふたりして、なかなかうまくコンタクトをつけられない。わたしには聴き取れなかったが、係の人のつぶやきが耳に入ってきたらしい。「こりゃ、時間かかりそうだぞ」と。
「コンタクトをつけたい」から、「コンタクトをきちんとつけなくちゃ」に変わったのが、負担だったのではないか。まだ、今の息子は「やらなくちゃ」は最小限にした方が良さそうだ。
うちに戻ってきた息子は、昼ごはんをいつも通りに食べて、ソファに横になっている。普段通り、落ち着いてきた。
眼科から、電話がかかってきた。「その後、大丈夫でしたか?」その気遣いがうれしかった。息子も、いつかまた行こうと、思えたようだ。
このところ、ずっと息子の体調がよかったから、わたしは気が抜けていた。息子が、ギリギリまでがまんせずに、「しんどい」と言えてよかった。息子は成長している。
逆に、わたしが気づかなくてよかったのかもしれない。わたしがやりすぎることは、今の息子にはマイナスになる。息子自身が考えてやっていくこと、もし失敗だと思ったら、そこから自分でリカバリーすること。すべて、息子自身がするのがいい。
口うるさく、おせっかいなわたし。やらない、しないと、何度も、自分に言い聞かせないと。来春からは、息子ひとりで何かをやる時間が増えるだろう。そういうときを想定していこう。
大丈夫。今の息子にならできる。心配し過ぎないで、わたしのサポートは最小限に。けれど、「助けて」と息子が言ったなら、全力で助けられるよう、いつもスタンバイはしておこう。今回みたいに、急に来るときもある。
いつか、息子ひとりでできるように、少しずつ手を離していこう。
数日後。
また、ふたりして出かけた。眼科の前を通り過ぎる。
「コンタクトはしばらくいいや。」
「了解。」