行くしかないね!
「当たっちゃった…。」
息子とふたり、顔を見合わせた。7月末にある、親善サッカー試合、パリサンジェルマン対ガンバ大阪のチケット2枚。抽選販売のこのチケット、滅多に当たらないらしい。
「行くしかないね!」
息子はきっぱり、そう言った。
海外サッカーファンの息子、一番最初に好きになったのは、メッシ選手だった。メッシ選手は、現在パリサンジェルマンに所属している。会ってみたい、プレーをこの目で見たい、あわよくば、サインをもらいたい。息子は、8年前からずっと憧れている。
チケットが当たった日から、息子が少しずつ変わり始めた。体調不良を心配して、うちから小一時間の近所しか出かけられなかったのに、積極的に出かけようとする。ちょっと遠いスーパーや書店へ。慣れたら、3時間名古屋へ。4時間半岐阜へ。わたしもお供する。そのたび、疲れから体調を少し崩したが、回復もはやくなってきた。少しずつ外出して、身体を慣らしているようだ。
以前の息子は遠出の外出ならば、きっちり予習をしていた。どういう予定で動くかを、あらじめ決めておく。見通しがあった方が安心するらしい。ただ、今回はそういう準備はまったくしなかった。本人が言い出さない。だから、気にはなったが、何も言わなかった。
会場は、大阪にあるパラソニックスタジアム吹田。試合は19時開始。うちからは車で片道3時間ほどかかる。夫の運転する車で行くこと、だいたいの出発時間を息子が決めた。持ち物は一緒にざっくりと確認。あとはなるように。肩の力は抜いて。日が近づいても、息子はいつも通りの様子だ。
さすがに前日の夜は、楽しみすぎて眠れないかもと不安そうだったが、そこそこ眠れたようだ。出発当日はばっちり昼寝もして、予定より1時間遅れにはなったが、無事に出発できた。息子、長距離の外出は1年ぶり。
スタジアム近くの高速出口で、1時間ほど渋滞にはまる。息子は予定通りでないことが起こると、不安になりがちだが、落ち着いた様子だった。会場近くまで送ってもらい、後はスタジアム目指して歩く。どーんとスタジアムが見えてきて、ドキドキとハラハラが入り混じる。どうか、息子が無事に試合を楽しめますように。
検温と手の消毒を済ませ、スタジアムの自分達の席に座れたのは、試合開始の30分ほど前だった。席に座って周りを見渡すと、人人人…こんなにサッカー好きな人が集まったんだと感動しつつも、人混みが苦手なわたし、もう圧倒されている。たぶん息子もそうだろう。ただ、試合が始まったら、気にならなくなるはず。心配しすぎてはいけない。
拍手で応援だ。まだ暑さが残るなか、みなマスク着用を守っている。こめかみを汗がつたう。ムワッと暑い。選手はこの暑さでプレーするんだ。
メッシ選手の華麗で素早いボールさばき、ネイマール選手の技が光るドリブル、エムバペ選手の弾丸のような走り…さまざまな選手がシュートをどんどん狙う。ガンバ大阪のキーパー東口選手のファインプレー。シュートのたび、会場が湧き立つようだ。熱気に包まれ、わたしは夢見心地になる。
そっと息子をみると、とても真剣な眼差し。試合に集中している。調子は大丈夫そう。本当にここに来られてよかった。ここに息子と来れたこと、うれしさで胸がいっぱいになっている。
試合は、パリサンジェルマンが6対2で、ガンバ大阪に勝利した。見応えのある試合だった。
試合が終わり、会場を後にする。帰宅する人で会場周辺はごったがえしている。その人混みに驚き、あげく道に迷ってしまい、夫との待ち合わせ場所にたどり着けない。そのうち人に酔ってしまったのか、頭痛がしてきた。息子を気遣う余裕もない。
「ごめん。道に迷ったみたい。ちょっと、頭痛もしてきて。かわりに、地図を確認してくれる?」
「たぶん、こっちだと思うよ。」
息子がわたしの前を歩き始めた。人混みを逆流していく。息子の背中を見失わないように後に続く。時々、振り返りながら息子は歩く。あぁ、大きくなったなぁ。
10分ほど歩いて、待ち合わせ場所にたどり着き夫と合流、夜中に無事帰宅できた。帰宅後、息子はカップうどんを平らげ、早々に寝てしまった。
次の日の朝。
息子は堰を切ったように、サッカーの話をし始める。深く感動したらしい。細かなプレーを覚えていて、ひとつひとつ詳しく説明してくれる。あのプレーもこのプレーも素晴らしかったと話は尽きない。そんなに疲れもなく、普段通りのようにみえる。
「体調が悪くならなくてよかったね。」
「実は2回悪くなったよ。スタジアムに着いて席に座ったときと、スタジアムを出てから道に迷ったとき。もう、ダメだと思ったけど、なんとかなったね。」
「車を出してくれたパパのおかげ。電車だったら、帰る途中で倒れていたかも。ほんと、パパには感謝してる。かあさんもありがとう。行けてよかった。最高に楽しかったなぁ。」
翌日も、その翌日も、サッカーの話は続く。試合から1週間が経ち、未だあの試合の夢をみたと話す息子。興奮はなかなか冷めない。こんなに何度も感動を味わえるのは、ひとつの才能ではなかろうか。
「いつか、スペインのFCバルセロナのスタジアム、カンプノウに行って、試合を見てみたい。」
夢物語ではなく、いつか行けるんじゃないかって、今は思えるよ。わたしとではない誰かと一緒に、ね。
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