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文藝春秋9月号~「サンショウウオの四十九日」「バリ山行」を読んで~

 今季の芥川賞は二作品同時受賞で、しかも文藝春秋には全文掲載だったので、ありがたく読みました。
 「自分にしか書けないものを書いた」という感じで、作者の略歴をインタビューで読むと納得しました。
「サンショウウオの四十九日」は現役の消化器内科の医師。「バリ山行」の作者は現在は建築関係の仕事で西宮市(六甲山日帰りできる)に住み、山登りやツーリングをする。どちらの作品も面白く読めました。

 選評を読むと、女性選考員は「サンショウウオの四十九日」を評価する人が多く(川上映子、川上弘美)「バリ山行」は男性選考委員(平野啓一郎、吉田修一)から支持を集めているような感じがしました。

「サンショウウオの四十九日」 朝比奈秋著 新潮5月号掲載

 設定が上手いです。誰も書いたことないような、稀な主人公たち。「結合性双生児」の杏(私)と瞬(わたし)。父親は伯父と「胎児内胎児」だったという。
 「結合性双生児」は医学的に可能ですが、生まれることは稀だそうです。「胎児内胎児」は空想上のはずが、あたかも現実のように描かれています。医学的知識に裏打ちされ、出生時の描写など見事でした。そして、出生届けの方法まで。
 

宗教書か哲学書だったか、かつて読んだ書物に書かれていた言葉を借りるなら、意識はすべての臓器から独立している(中略)意識はすべての臓器から独立している、と初めて読んだ時も驚くことはなく、この世の中に自分たちをわかってくれる人がいたと喜んだのを覚えている。

P323

引用文は瞬の思考なのですが、一方の杏は自分たちのことを「単性児」といいます。読んでいくうちに、双方の思考は観念的になっていき、哲学ぽくなりますが、14歳の春の生理の日のこと、文通ともだちのことや看護学部を目指した経緯なども語られていきます。伯父の死があり、葬儀風景があり、父から伯父への腎臓移植の計画があったことが語られ、とうとう納骨の四十九日の日。こんな結合性双生児の存在、ありえそうな感じで終わり、生きていることに対して、不思議な感覚を呼び起こしてくれた作品でした。

☆バリ山行  松永K三蔵著  群像3月号掲載

 バリ山行のバリとはバリエーションルート、バリルートの略だそうです。本文中に説明がありますが、通常の登山道でない道を歩く。
 こちらは、下請けの建築会社に勤めるサラリーマンの私(波多)。とも働きの妻と幼い娘がおり、一度リストラにあって転職した今の職場に勤務。その職場で六甲山登山がリクレーションとして始まり、
はまっていきます。
 関西に住んでいるので、馴染みの地名がでてきて、淡い親近感でした。

 組織の中で、中途採用で将来に不安を抱える私は、少しでも組織にとけこもうとします。一方、独立独歩をいく妻鹿さん。山登りもバリルートで六甲山を登っています。私と妻鹿さんの交流を軸に、組織の人間模様も山登りと重ねられたりして、サクサク読めました。いるいるこんな人、と思ったりして。ラスト、成功物語にせず、哀愁ただよう妻鹿さんを造詣されたのも良かったです。

 妻鹿さんは言います。

会社がどうなるとかさ、そういう恐怖と不安感ってさ、自分が作り出してるもんだよ。それが増殖して伝染するんだよ。

P439

私は思います。

違うんじゃないですかね、妻鹿さん。「本物の危機」は山じゃなくて、やはり街にあって、向き合っていないのは妻鹿さんじゃないですか?妻鹿さんがこうやって山に入って、崖に貼り付いていられるのも、街があって仕事があるからじゃないですか?実体を見てないのは妻鹿さんで、それは知らないからじゃないですか?

P446

 山登りと会社人生を薄く重ねたりしながら、そこにたゆたう妻鹿さんの後ろ姿や生き様をみせることで、人生の哀歓のようなものを描いた、読後、ほろりとしてしまった作品でした。

 今年の夏は暑すぎて、部屋にいることが多くて、読書も夏の大切な思い出となりました。そんな中、今回の芥川賞作品は2作品とも読み応えあり、好きな作品でした。

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