眠れぬ夜はクッキーを焼いて
最近、ちょっと心がざわざわしていて、あまり規則正しい生活を送れていない。夜にうまく眠れず、お昼にうとうとと惰眠をむさぼることが増え、また夜になると目がさえてくる。そして短時間の浅い眠りに落ちては繰り返し同じ夢を見る。
しあわせな夢。現実と地続きの、でも少しだけ自分に都合のいい夢。悩んでいたことが解決したり、仕事がうまくいっていたり、もう会えない人と会って想いを伝えることができたり。
そして目が覚めて、見慣れた天井を睨みつけて、ああまた現実に戻ってきてしまったなあと唸りながら寝返りを打つ。
そんなことの繰り返しで、日中はずっと眠い。頭の中にもやがかかったような、そんな感覚でとりあえず生き伸びていた。
こんなことを書いていると心配されてしまうかもしれないが、当の本人は慣れっこだから安心してほしい。暴れん坊脳みそに支配されて生きている私にとってはいつものこと。
ちょっと色々と考え事が多くて、物思いにふけるのは決まって夜なのだから、夜に「寝る」以外の活動の選択肢が常にある、ただそれだけの話なのだ。
さすがに体力の限界があるので基本的には寝落ちするのだけど、それでもどうしてもまだ起きていたいとき、私は眠れぬ夜のお菓子づくりを始める。
『眠れぬ夜はケーキを焼いて』という漫画がある。私が深夜にお菓子を作り始めるのは、おそらくこの漫画の影響だろう。
お菓子づくりはいい。
栄養バランスとか、食べ合わせとか、何も考えずに無心で計量してレシピ通りに作っていけばいいから。
考え事でパンクしている私の頭では、毎日の献立を考えることすら億劫な時がある。
お菓子づくりにおいては、冷蔵庫の中で眠ったままの野菜も、パンパンにあふれかえっている冷凍食材たちも、ドアポケットに鎮座している牛乳の消費期限も、何も考えなくていい。
そんな大それたものを作れるような器量はないけれど、不器用な私でもクッキーを焼くことくらいはできる。
室温で溶けていくバターに粉糖を混ぜて練っていく。ゴムベラで執拗にそれらを追いかけているうちに、悩みごとのひとつやふたつは消えていくような気がするのだ。
そもそも、夜に考え事をするなどは暇な人間のやることである。
早寝早起きのメンヘラは見かけない、とよく言われるけれど、夜に何かを考えたとしても、何ひとつうまくいくはずがない。
それでも、私は真夜中にだけ湧き上がってくる本音の存在も知っているし、街が眠りに落ちた静寂の中で、誰にも知られずひっそりと燃え上がる情熱があることも、知っている。
だから真夜中に考え事をしたいときは、そのまま自分の思考に身を任せることにしている。
心が波立っているときは、生地と一緒に麺棒で均してやるといい。
そうして予熱したオーブンにぶちこめば、幸せな香りとともに朝がやってくる。
明けない夜も、焼けないクッキーも、ないのだから。