てん

生きる黒歴史が紡ぐただの日常の記録。この物語はフィクションです。Twitter / I…

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生きる黒歴史が紡ぐただの日常の記録。この物語はフィクションです。Twitter / Instagram : @10mujuryoku

最近の記事

ゆめのはなし 2

 空港の国際線到着ロビーで、貴方のことを待っていた。  頭上の電光掲示板によれば、既に機体は到着しているようだ。ざわざわと人たちの話す声にまぎれて、私の胸の音は誰にも聞こえていないらしい。  不安になるようなことも何もないはずなのだけれど、彼の姿を見るまではなぜか落ち着かない。  群衆から少し離れた場所に、その男は立っていた。  周囲より頭ひとつ抜き出た大きな身体でゆっくり歩みを進めながらあたりを見渡し、こちらに気付いて静かにはにかみながら片手をあげた。  記憶の中と、変

    • あなたの"おもしろい"を信用しているから

       ちょうど半年くらい、毎月足を運んでいるお芝居がある。  劇団いっかいきりのいっかいきり公演「24」。  2人芝居で、基本的には同じシナリオだけれど、毎回ふたりの関係性が違っていて、それにあわせて脚本も少し変わる。そういう意味で、「いっかいきり」しかない公演。  初演のCase.1を観たときにその面白さに引き込まれて、気付いたら毎月欠かさずに通うようになっていた。  ストーリーを知っているし、台詞も諳んじることができるくらいだけれど、それでもほぼ毎回ちがう会場で毎回ちがう

      • Re: もう一人の私へ

         友人兼同僚がいる。  彼女が私のことをそう表現した際に「友人なの、同僚なの、どっちなの?」とメンヘラ彼女なみの迫力とめんどくささで問いただすほど仲の良い同僚がいる。  友人でもある。親友だとも思っている。  ちなみによく揶揄されるが、恋人ではない。  仕事で行きづまって夜中にヘルプを求めて即リモートで打ち合わせして、問題は10分で解決できたのにそこから仕事と人生について語り始め、終わりのない禅問答を互いに始めてしまって、気付いたら朝の4時までしゃべってました、みたいなばか

        • 心にいつも音楽を、人生のテーマソングを探しながら

           福山雅治が好きだ。もう10年以上ずっとファンクラブに入って追いかけている。  一時期に比べたら熱量は落ち着いたかもしれないが、ツアーが発表されたら何も考えずにチケットを取るし、今回もオーラスに入りたくてわざわざ北の大地までやってきた。 「WE’RE BROS. TOUR 2024 Flowers and Bees, Tears and Music.」  今回のツアーコンセプト、「花とミツバチ、涙と音楽」。それぞれが独立しながらもすべて密接につながっていて、目に見えるものは

        ゆめのはなし 2

          夏の終わりに想うこと

           自分が夏をこんなに楽しめる人間だとは思わなかった。  ずっとずっと夏が嫌いだった。  この世のすべてを焼き尽くすような日差しも、呼吸もままならないほどの熱風も、蝉が生きるために鳴く声でさえも自分を責め立てているような気がして、クーラーをガンガンにかけた寝室で布団をすっぽりかぶりながら現実逃避するために眠りに逃げることしかできない。  そして気付けば死のにおいがすぐそこまで迫っていて、怖気づいては泣いていた。夏はそんな季節だった。  だいたい私も暑さで気が狂ってしまうのかも

          夏の終わりに想うこと

          人生はストーリーって君が言ったから

           毎日があっというまに過ぎていく。ひとつ伸びをする間に月日が流れ、ひとつまばたきをする間に1日が終わる。  やりたいことや、やらなければならないことばかりが山積みになっていく中で、家に帰ったとたんに電池切れになってソファに倒れこむ日々が続いている。  それはそれで、充実した日々を過ごしている証拠なのかもしれないが。  めまぐるしく過ぎていく日常のことを、1ミリも忘れたくないなと思うことが増えた。  仕事に翻弄されてよろよろと家にたどり着く日も、ほろ酔いでご機嫌になりながら

          人生はストーリーって君が言ったから

          夏を生き延びるための約束

           夏のうまい生き方を知らない。  そんなことを言っていた太宰も、夏に死んだ。ひとの命なんぞ、結局はそんなものである。  中学生の時に『人間失格』を読んだのは、確か生田斗真主演の映画が発表されたタイミングだった。  当時ジャニヲタだった私は彼の出ている映画が観たくて、どうせなら原作も読んでみるか、と手に取ったのだった。  中学1年生の終わりか2年生。時期は曖昧だがその辺だと思う。  興味を持ったきっかけはもうひとつある。  小学生の頃に通っていた塾で講師が話題に出していた

          夏を生き延びるための約束

          雨の夜と缶ビール

           雨はきらいだ。  癖っ毛がうねうねと自我を出し始めるし、ベランダに干したばかりの洗濯物を慌てて取り込まなくてはならないし、出先で買ったビニール傘が玄関に増えていくのも自分のだらしなさの可視化みたいでいやだ。着る服の選択肢も減るし、履く靴も決まってくるし、雨にいいことなんて一ミリもない。  ……いや、いや、それは言いすぎた。実はそこまでは思ってはいなくって。  夜に静かに降る雨は結構好きだったりする。特にこの季節の夜の雨。  風呂あがり、部屋着のワンピースを身にまとい、洗

          雨の夜と缶ビール

          3回観て3回号泣した映画の話:バジュランギおじさんと、小さな迷子

           エンドロールが終わったあと、全観客と今すぐハグしたい! と思うような映画ははじめてかもしれない。  ツイッターを開くたびに『バジュランギおじさんと、小さな迷子』の情報が流れてくるようになった。期間限定でリバイバル上映をしているという。  推しが絶賛しているので、この人が勧めるなら面白いのだろうと軽い気持ちでチケットを取った。  実は『RRR』も『バーフバリ』も機会を逃していたわたしの、初ボリウッド。  ミッドランドスクエアシネマのスクリーンをミスって慌てたり(名古屋人に

          3回観て3回号泣した映画の話:バジュランギおじさんと、小さな迷子

          自己紹介(いまさら)

           noteのバッジを確認していたら「プロフィール記事を作成する」という項目があったので、今さらながらに自己紹介の記事を書いてみています。 ■ざっくり  てん といいます。  もちろん本名ではないけれど(かすってもないです)、15歳からずっと名乗っている名前なのでもうほとんど本名くらいの愛着があります。この名前で作ってきたものもたくさんあるし、出逢ってきたひともたくさんいる。大切なハンドルネーム。  由来を知っている人はこの名前を呼ぶときにちょっとだけ笑うんですけど、知らな

          自己紹介(いまさら)

          春のおさんぽと音楽

           ものごころついた頃から重度の花粉症で、この時期はいつも体調を崩しがち。さくらが咲き乱れ、人々がコートとマフラーを脱ぎ捨ててスキップで街に繰り出す春だが、わたしにとっては気の抜けない季節が始まる。  季節の変わり目で寒暖差も激しく、年度末年度始まりに伴う環境の変化もあいまって、例年はいつも発熱するまで追い詰められる。今年はまだましなほうか。  あさ、くしゃみと同時に目が覚める。3回連続でくしゃみをしたら悪い噂をされているという迷信があったが、そんなかわいいものでもない。10

          春のおさんぽと音楽

          人生は続く、仕事も続く

          「てんさんの今まで、けっこう濃かったなあ」  職場の飲み会で誰かが言った。汗をかいたグラスに並々と注がれたハイボールが減らなくなるころあい、冷めてかたくなった唐揚げをつつきながら、そうですねえと上の空で相槌を打つ。  3月末、スギ花粉の飛来と同時にどうしても過去を振り返りたくなる季節。説教じみたことを言いたくなるのをぐっと抑えて、自分の社会人人生をたどってみることにする。  確かに、この6年間は波乱万丈だった。  右も左もわからない新入社員時代から、少しだけ仕事ができるよ

          人生は続く、仕事も続く

          【短編小説】会いたいとか言えないから

          「まだ冷えるねえ」  ぷしゅっと軽快な音を立てたと同時に、彼女が口火を切った。織江は適当な相槌をうちつつ、先ほどまで食べていた麻婆豆腐の残り香を掻き消すように安い発泡酒を流し込んだ。  冬と春の境目で、まだ季節を移りきれない冷たい風が頬を切る。  ふたりは缶ビールを片手に繁華街に背を向けて歩き出した。  残業が確定した瞬間、飲みに行こうと誘ったのは織江のほうだった。仕事がうまくいかなかった時、相手を食事に誘い出すのがいつからかふたりの暗黙のルールになっていた。  19時に

          ¥150

          【短編小説】会いたいとか言えないから

          ¥150

          #ファインダー越しの私の世界

           カメラが好きだ。片目をぎゅっと閉じてピントを合わせる。ジーッとレンズが動いて、ぼやけた視界がクリアになり焦点があう。よし、ここだ。狙いを定めてシャッターを切ると、ミラーの跳ね上がる音が軽快に響いた。  その一連の動作は銃を扱う時のそれと似通っているが、カメラの場合は命を奪うのではなく、一瞬の時に静止画としての永遠の命を与えられるところが、良い。  幼いころ、家族が使っていたコンデジを借りて撮影していたことをうっすらと覚えている。実家の押し入れの奥に眠っているアルバムには、

          #ファインダー越しの私の世界

          拝啓 ナタリア・テナ様

          拝啓 ナタリア・テナ様     および 貴女を必死に追いかけていた、学生のころの私へ  小学生のころ、わたしはハリーポッターの世界にどっぷりと浸かっていた。分厚い本をランドセルに押し込んで、同級生と競うように物語を読み進めた。新聞紙を丸めて魔法の杖を作っては、呪文を唱えてぶんぶんと振り回す。ノートにびっしりと書き溜められた、登場人物の名前。  親はよく「その熱量を勉強に回してほしいものだわ」と言ったが、算数の公式を覚えられなくても、ダンブルドアのフルネームがアルバス・パーシ

          拝啓 ナタリア・テナ様

          1月14日の日記

           日曜日。フォロワーさんと会って、おいしいものを食べ、舞台できらきら輝く推しを眺め、うまいコーヒーで冷え切った体をあたため、帰宅してシチューを煮込み、これで今週は乗り切れるなと安堵し、あつあつの湯船に浸かって鼻歌を唄い、沈香のお香を炊いて白湯を飲み、「明日からも仕事がんばろー!」とインスタのストーリーに投稿した。充実した一日を抱きしめて眠る。  翌朝、胃痛とともに目が覚め、退職を決意する。  最近ずっとこんな調子の毎日で、土日でリフレッシュしたぶん余計に月曜の朝がつらい。

          1月14日の日記