定型句・定型表現の使い方がおかしい/間違っている/独自改変している ~マンガ「スナックバス江」の場合 #2
◆概要
【定型句・定型表現の使い方がおかしい/間違っている/独自改変している】は「コメディシーン、ギャグ」に関するアイデア。
◆事例研究
◇事例:マンガ「スナックバス江」(第1巻)
▶1
本作の主人公は明美(若い女性)。
彼女は、スナック「バス江」のチーママである。
ある日いろいろあって、
・Step1:常連客の森田が目に涙を浮かべ、肩を震わせた「筆……下ろしてぇなぁ……」。彼は若い頃からまったくモテず、中年になったいまも童貞のままなのだそうだ。
・Step2:森田が呟いた「なぁ明美ちゃん……弘法筆を選ばず……そういうタイプの女性はおらへんかな……」。
・Step3:明美が答える「その女性は筆を誤るタイプの弘法だろうねぇ……」。
※本話は上記の明美のセリフで幕を閉じる。
▶2
ご注目いただきたいのは「筆」をキーワードとした言葉の応酬である。上からざっとご説明すると、
・「筆……下ろしてぇなぁ……」:「筆下ろし」。すなわち、森田は童貞を捨てたいと願っている。
・「弘法筆を選ばず……そういうタイプの女性はおらへんかな……」:「弘法筆を選ばず」(技量が優れている者は道具に左右されないの意)。つまり、人間ができており自分のようなダメ男でも愛してくれる女性はいないだろうかと問うた森田。
・「その女性は筆を誤るタイプの弘法だろうねぇ……」:「弘法にも筆の誤り」(名人といえども失敗する、誰にだって失敗はあるの意)。森田の相手をしてくれる女性がいたとすればそれはその女性にとってのミステイク。すなわち、まともな女性が森田の相手をすることはないだろうねと明美は答えたのだろう。
改めて考えてみると、中年童貞たる森田の境遇はなかなかどうして笑いづらいものがある。「茶化していいのだろうか?」という理性の声を聞く者もいるだろう。
要するに、上述のシーンは一歩間違えるとちっとも笑えぬ場面になりかねないと思うのだ。
ところが……そう、「筆」をキーワードとした言葉遊び!このおかげで雰囲気が和らぎ、いわゆる「ギャグマンガらしい楽しい読後感」が生まれたといえるだろう。