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改札物語

 大阪へ大学の下見に行って電車に乗ろうとしたら、改札に変な機械があって、どうもみんなそれへ何かをしてから改札を通っている。しばらく離れて見ているとどうやら切符を入れているようだとわかった。それで自分も知っているような顔をしながら真似してみたら、入れた切符が向こう側から出てきた。
 なるほどこうして改札を通るのか、さすが大都会は違うと感心したけれど、何だか味気ないような気もした。
 下りた駅では機械を通らないで駅員に切符を渡した。駅員は「は?」と云うような顔をした。受け取らないのなら仕方がないので、彼の前に切符を置いて改札を出た。
「改札機通ってくれや……」と後ろから聞こえたように思うが、気のせいだったかも知れない。
 地元に帰ってから学校で友人らに、大阪は電車の改札が機械になっていたと話したら、数学の井上先生が「それ、知ってる。こっちでこうやって差し込んで、テクテクテクって行くんでしょ?」と改札シーンを演じて見せた。先生は二十九歳女子だった。
 自分は、別段実演しなくたってわかるだろうと思った。

 入学してしばらく経って、学校へ行く途中に改札で呼び止められた。
「お客さん、百さん?」
「そうです」
「これ、落とし物ですよ」
 駅員さんは小さな紙片を出して来た。見ると大学生協の会員証である。
 いつ落としたものかはわからない。大学生協は学食や本屋などを利用するけれど、会員証の提示を求められることはないから、落としたとも気付いていなかった。顔写真が貼ってあるのを見て、もしやと思って声を掛けてくれたらしい。
 顔写真は入学前に撮ったもので、田舎の小洒落た高校生である。当時の流行りだった黒縁眼鏡を掛けている。
 呼び止められた時には自分はもう長髪ヘビメタで、随分風貌が変わっていたから、よくあの写真でわかったものだと感心した。
「ありがとうございます」
「やっぱりなぁ」
 駅員さんは嬉しそうにニヤニヤした。

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百裕(ひゃく・ひろし)
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