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網走監獄

 大学を出てすぐ、パスタ屋の新入社員研修を受けた。山奥の少年自然の家に二週間ばかり泊まり込んで、フードビジネスマンとしての基礎を仕込まれるのである。
 自分はその仕事をやりたくて選んだわけではないので、半年前から日を追うごとに陰鬱な心持ちになった。とうとうその日がやって来て、いよいよどんよりしながら家を出た。

 広島駅に集合したように思うけれど、もうあんまり判然しない。覚えているのは陰鬱な気分だけである。警察へ自首するのはこんな心持ちだろうかと思った。
 同期社員は六十人ぐらいいた。自然の家へ専用バスで向かう間、護送されるのはこんな心持ちだろうかと思った。
 同期の中で小島と田辺が自分と同様にやる気がなさそうだったので、自然に三人でつるんだ。

 最初は全員オレンジ色のジャージを着せられた。
 指導員の岩田さんに、どうしてオレンジなのかと問うたら「コーポレートカラーだからです」と教えてくれたけれど、自分は網走監獄を連想していよいよどんよりした。
 そのジャージ姿で、まずは接客のプロみたいな女性講師に接客の基本から教わった。こちらは一向やる気がなかったが、そんなことはお構いなしなので、ぐいぐい引っ張られて真面目にやらざるを得ないのである。
 同期以外は誰も見ていないのだからと腹を括って、随分真面目にやったけれど、やる気がないのはやっぱり伝わるらしく、様子を見に来た人事部長に目を付けられた。この人には後々まで問題社員扱いをされて困った。

 一週間後に、今度は配属先のユニフォームを着せられた。この会社はパスタ屋の他にファミリーレストランとステーキ屋をやっていて、それぞれユニフォームが違う。ファミレスは白の半袖シャツに蝶ネクタイ、ステーキ屋は白シャツに黒いベストで、ステーキ屋が一番格好がよかった。
 パスタ屋はコック服に変なエプロンを首から下げ、サンダーバードみたいな変な帽子をかぶらされた。どう見たってパスタ屋だけが突き抜けて恥ずかしい。
 勝浦は「俺は、きっとこれを着こなして見せる!」と熱くなったが、自分と小島と田辺は「う〜わ、まじかこれ……」と途方に暮れた。それから三人で、「お前、だっさ」「お前の方がだっさ」「いやお前が一番だっさいって」と言い合って、お互いにまたどんよりした。
 他の同期社員はみんな諦めた顔をして黙々と着替えた。
 田辺が最初に教室へ戻ると、ファミレス配属の女子からゲラゲラ笑われた。
 田辺は「俺、もういやや」と言って、困った顔をした。その顔を見て自分と小島がゲラゲラ笑った。


 三篠凛花さんの企画に応募するつもりで新生活とか春について何本か書いてきたけれど、どれも企画の趣意に一向そぐわないものになったので、参加を断念しました。別の機会に改めてチャレンジします。


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百裕(ひゃく・ひろし)
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