見出し画像

散歩と祈り

 休みの日にいつも散歩をしていた時期がある。日によって歩く方面を決めては、ただぶらぶら歩いた。
 どうしてそんなことを始めたかはもう判然しない。名古屋へ来て数年経った頃だったけれど、まだその辺りのことを全然知らないままだったから、歩くと存外面白かった。
 名古屋と云っても随分郊外の方で、昔からあるような古い家には大抵、屋根に小さな祠が付いていた。調べてみたら、屋根神様というこの辺り特有の風習なのだそうだ。自宅の屋根に神様がいらっしゃるのなら心強いだろう。自分も家を建てる際には是非そうしようと思った。ところが後年、実際建てる段になったらすっかり忘れた。だから結局うちの屋根に神様はご不在である。どうも残念なことをしたと反省している。
 町並みに溶け込むように、古い工場があった。木工所らしい。目立たない割に、工場の規模は存外大きい。年季の入った煙突がいかにも昭和の雰囲気で、何だか筋肉少女帯の『労働者M』を思い出す。

 大きな病院の裏手に、城のような屋敷があった。病院のオーナーか、さもなくばヤクザの家だろうと思ったので、そこはあんまり見ないでおいた。
 あとは随分古びた時計店を見付けた。時計店なのに時が止まったような店構えである。
 店の雰囲気から、時計職人の爺さんが一人で頑張っている店だろうと決め込んで、後日古い腕時計の修理を依頼した。するとあんまり職人ぽくないおじさんが、「うちではやってなくて、外へ依頼するから時間がかかりますよ」と言った。
 どうも思っていたのと様子が違ったが、修理はきちんと上がって来た。

 ある時そうして歩いていたら、割と近くに神社があった。広くて立派な神社である。民家に囲まれているからそれまで気付かなかったが、こんな所にこんな大きな神社があったのかと感心した。
 お参りをして境内をぶらりと歩いてみたら、絵馬がたくさん掛かっている。それを見るともなく見ていたら、子供の字で「母親が早く帰って来ますように」と書かれてあった。隣の絵馬には「お父さんの病気(がん)が治りますように」と、やっぱり子供の字で書かれていて、何だか甚だやるせない心持ちになってアパートへ帰ってきた。

よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。