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霧と音(夜明けの湾岸 その2)
やっぱりフジテレビが移転する少し前、夜中のお台場へ、店を閉めた後でバイト数人と遊びに行った。
ちょうど中田が運転免許を取って車で来ていたので、芳本の車と中田の車に分乗して行った。芳本の車が先導していたのだけれど、芳本は「ちょっと面白いことしましょうか」と言うと不意にスピードを上げて中田号を振り切った。そうしてライトを消して路肩に停まっていると、中田号が気付かずに走って行く。
芳本はそれを見送り、後を追って走り出した。
中田の方は突然走り去った芳本号が、まさか後ろに回っているとは思わない。きっとおろおろしながら運転していたろう。
そこへ芳本号から電話を掛けて、「中田さん、一体どこにいるんだね?」「どうしてついて来ないんだ?」「赤信号の点滅は、きっと停止しなければいけないぜ」とか口々に笑いながら非難したら、ようやく後ろに気が付いてプリプリ怒り出したので、いよいよみんなで笑った。
車を下りた途端に、「寒いー」と大塚さんが縮こまった。この時のお台場は随分寒く、うっすら雪が被っていたのである。そうして霧も出ていた。
「これはどうも、海を眺めるどころじゃぁなさそうですね」
「ちょっと見物したら退散しようか」
ズザー、ズザー。
「えぇ~、せっかく来たのに」中田が何だか口を尖らせて、昼間の観光地みたいなことを言う。「色々見て歩きましょうよ」
「色々見るって、君、こんな夜中だぜ?」
ズザー、ズザー。
「えぇ〜、だって夜中のお台場を見に来たんじゃないですか」
「それはそうだけれど……、見ると云ってもねぇ」
ズザーズザー。
「鈴木、さっきからズザズザ何やってる?」
「店長、これ面白いっす」
霧の中から鈴木の声がした。雪の上を滑って遊んでいるらしい。ただし姿は見えないのである。
ズザーズザー。ズザーズザー。
「うおっ」
ズザーズザー。ズザーズザー。
霧の向こうで姿が見えないまま、鈴木の声と音は段々遠ざかるようだった。
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