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不味い酒、黄色い車

 酒は好きだけれど何でも好きなわけではない。好きな酒とそうでない酒がある。
 麦酒とウヰスキーとズブロッカが好きで、ジュースみたいな酒はあんまり好きではない。
 麦酒はキリン贔屓だが、アサヒも飲む。もちろん他のメーカーのも飲むので、そんなにキリンばかりを贔屓しているわけではない。
 ウヰスキーはロックで飲むのがいい。水割りは嫌だ。ハイボールはバーテンが出してくれたものと缶で売っているのは好きだが、自分で混ぜても一向美味いと思わない。
 ズブロッカは冷凍庫に入れてとろみがついたのをストレートかロックでちびちびやるのが最高に美味い。
 そういう酒を好むようになったのはある程度の年齢になってからで、特に酒を覚えた当初などは良さがまるでわからず、カクテルを好んで飲んだ。今とは全く逆である。

 大学一年の冬だったか、テレビで盛んに『紅茶のお酒』のCMをやっていた。タレントのYOUが犬の着ぐるみ姿で出ていたように思うけれど、もうあんまり判然しない。
 ある時、たまたま入った店でその実物に出くわした。
 街で有名人に出くわしたみたいな案配で、これがあの有名な紅茶のお酒かと、何だか嬉しくなってレジへ持って行った。店主は無表情のままピッとやり、「はいありがとう」と云った。

 わくわくしながら学生寮に帰って、部屋で早速飲んでみたら、どうも甚だ不味いようである。
 何だこれはと思ったけれど、不味いものは不味い。 あんなにCMをやっているのが不味いなんて、そんなバカな話はないので、きっと自分の問題なのだろう、飲み続けていれば段々良さがわかってくるのだろうと考えて飲んでいたら、とうとう気持ちが悪くなった。美味さは一向わからない。
 それでひとまず飲むのをよしたところへ、先輩の井村さんが来た。
「おう、百。ローソンへ行かないか?」
 コンビニなんて一人で行けば良さそうなものだが、井村さんは車を買ったばかりで人を乗せたいのである。
「行きましょうか」

「俺、仕事辞めることにしたよ」
 ローソンまで黄色い軽自動車を走らせながら、井村さんが言った。学生寮と云っても、卒業して就職した後も住み続ける人が幾人かあった。井村さんはその一人だったのである。
「そうなんですか」
「だから近い内にあの寮を出るよ」
「え、出てどこへ行くんです?」
「とりあえず実家に帰る」
 最近、片桐さんも出て行ったばかりである。宮内とは絶交してしまったし、いよいよ遊び相手がいなくなる。
「それぁ、つまらなくなりますね」

 ローソン店内をふらふら歩いてポテチを買うと、「酔ってるねぇ」と店主が笑った。
「紅茶のお酒で悪酔いしてるんですよ」と井村さんも笑った。
「紅茶のお酒?」
「YOUがCMやってるやつですよ」
「あぁ、あれね」

 井村さんは翌月退寮した。
 黄色い軽自動車で出て行くのを見送って、それぎり今日まで会う機会がない。だからあの人がそれからどうしたか、一向知らないままである。




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百裕(ひゃく・ひろし)
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