地鶏のすき焼きと馬刺しで優勝した話IN熊本。
「常識とは、十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう」
「さながら、すき焼きは牛肉でつくるものだという思い込みのように」
~アルベルト・アインシュタイン
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えー、偉大な物理学者様には例の写真よろしくテヘペロってなカンジで謝っとくとしてですね。
今回はね、ちょっと贅沢かました話でもしようかなと。
いつかの夏、一人でフラッと熊本行ったとき。
その晩酌に使ったお店の話でして。
一人旅の晩酌ってのは、だいたいホテルのフロントにオススメの居酒屋聞いてそこ行くんですけどね。自分の場合。
今回の旅は、珍しいことにお店の下調べをしてみまして。
調べてくなかで、「あ」って声が出たお店があったんですわ。
ヤベえ、すき焼きで一杯飲(や)ってみてえ。
”美味しんぼ”の海原雄山なんかは
「牛肉を一番マズく食う調理法」
だとか何とかけなしてたけど、あのイチャモンは割と真剣に意味がわからない。
いや、うめえだろ。
割り下で煮込んだアツアツの牛肉を、溶き卵にからめてハフハフ食うあの瞬間を想像してみろよ。
砂糖醤油の濃厚な味つけ。
噛む前からすでに口の中に広がる肉汁。
まろやかな溶き卵。
まさに三位一体のマリアージュ。
幸せの瞬間最大風速は100m/s余裕でいくっつーの。心のなかの不幸ビル根こそぎ倒壊まったなし。
つってもね、今回喰らうすき焼きは、牛肉でこしらえるわけじゃあないんですよ。
使うのは地鶏。つまり鶏肉。
それもこれも、WEBサイトのメニューを見ていたときに興味をそそる一文が目についたからでして。
天草大王 すき焼き
熊本の地鶏といえば「天草大王」。日本最大級の鶏として知られ、戦時中に一度は絶滅してしまった幻の味。十年の歳月をかけて復元されたその味は、適度な歯ごたえとコクのある味わいが特徴です。すき焼き、水炊き、鉄板焼きとそれぞれに味わいのある逸品です。
やー、これは盲点でしたね。鶏すき。
牛に比べりゃはるかにお値打ち、これなら熊本名物の馬刺しだって頼める余力が出てくる。
それに、鶏のすき焼きは今まで食ったことがないシロモノでしてね。人一倍食い意地が張ってるもんだから、未食のブツにはいつだって興味ビンビンなんですよ。
決まりだ。
見ててくれ、Dr.アインシュタイン。
俺はまた一つ、己の中の常識をぶっ壊してくるぜ。
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常識破壊ハンマーを引っさげて、やってきました熊本県。
男一匹、上通(かみどおり)。老舗前にて仁王立ち。
創業明治十四年、すき焼かもgちょっとまってスゲえ敷居高そうなんだけど。
うーわ予想以上に本格的だわコレ。コイツは完全にお大尽仕様の店だ。
その証拠に、看板の字体が格調高すぎる。金染めの看板にこの字体、自分の敷居の高さをみじんも隠そうとしていない。爪隠さねえタカがここにいる。
これがね、きのうきょう孤独のグルメごっこに興じはじめたニワカだったらその敷居(オーラ)にビビってケツまくるかもしれませんけどね。
そんな駆け出しとこのアタシを、一緒にしてもらっちゃあ困ります。
こちとらぼっちメシを愛好して十年余り、精神的にはとっくのとうにリアルゴローと化しているんですよ。
下は場末のメシ屋から上は高級割烹まで、ひとり豊かにメシを楽しむ鍛錬は、これまでたんと積んでまいりました。むしろ、相手にとって不足なし。
カネを落とし、
店に迷惑をかけない限りは、
今日も、俺(=客)は神様だ。
そんな調子で、故・三波春夫大先生に柏手打っていざ入店。
― ― ―
女将
「はーいいらっしゃいましー」
俺
「八時から予約している竹井ですが」
女将
「あーはいはい、承っております。どうぞこちらへ」
そう言いながら女将が差し伸べた右手の先には、
四人がけのテーブル席。
というか、そもそもカウンターが無え。あるのはテーブル席と座敷のみ。
これアレやないですか。会社のシャッチョサンの夕餉(ゆうげ)だとか、身なりのいい老夫婦の銀婚旅行とかで使われる造りのお店やないですか。
そこを男一匹の晩酌で一席独占しようってんだから、こんなバチ当たりな話があるかね。
ヤベえ俄然楽しくなってきた。
席につくなり目に入るのは、テーブル中央に鎮座ましますすき焼き用の鉄鍋。
見てくださいよ、この威風堂々たるたたずまい。
なんかもう、声が聞こえてきそうじゃないですか。
「遠路はるばるよくぞ参った。存分にご堪能めされい」
とかいう、地の底から響くようなバリトンボイスが。
当然、存分に堪能させてもらいますとも。熊本の夜は長い。
安定のアサヒスゥプァドゥルルァアイ。
今更ですが、コレ書いてるヤツはそんなに酒が強くなくてですね。
九州男児でありながらちっとも酒豪じゃないんですよ。焼酎とかも全然嗜まなくて、飲るのはビールと日本酒だけ。
だもんで、その辺りを期待されてる方にはこの時点で謝っておきます。写真のクソ画質ともども、どうぞご勘弁を。
閑話休題、アサヒスゥプァド(略)をちびちび飲りながら、メニューをひとしきりパラパラ。
つっても、今回はもうハナっから決まってます。鶏すきと馬刺し。
この二種類の肴だけで、今日は優勝してみせる。
俺
「すんませーん、注文を」
店員さん
「はーい。何にいたしましょ」
俺
「えーっとですねえ~(メニューパララ-)」
俺
「天草大王のすき焼きと」
店員さん
「はーい」
俺
「馬刺しは、コウネ(たてがみの付け根部分)の単品はあります?」
店員さん
「あーごめんなさい、コウネ単品はないんですよー。コウネはね、馬刺し盛り合わせのほうに入ってるの」
俺
「じゃあ盛り合わせ(即答)。以上で」
店員さん
「はーい。少々お待ちくださーい」
― ― ―
店員さん
「はーいお待たせしました、馬刺し盛り合わせです。すき焼きはもう少々お待ちください」
キタ━━━━━━━━( ゚∀゚)━━━━━━━━!!
どうっすか、たまらんでしょこの紅白のコントラスト!
ロースかクラシタ(肩ロース)かわからんけど、とにかく美しいサシ入りの正肉に純白のコウネ。
脇を固めるショウガとニンニクも頼もしい。
こんなんもう食う前から優勝確定してますやんか。
九州のスタンダード、甘醤油につけたサシ入りの正肉を一口。あー美味い。
噛むほどに赤身のうまみとサシの甘みが舌に染み込んでいく。その様子、さながらカラッカラの砂漠に染みこむ慈雨のごとし。
続いてコウネを一口。あーさらに美味い。
身もフタもないこと言っちまうと脂身なんですけどね、脂でありながらくどくない。サラッと流れていく。それでいて、脂特有の甘みは十二分に濃厚。
あえて言う、馬刺しのコウネはヘタな大トロより美味い。
「やだもぅおいしいー(ダミ声)」
「ウマすぎて、ウマになったわねえ🐨」
と自分を大蛇丸と信じて止まない一般男性ごっこしていたら、それを見ていたのか女将がスススっとやってきて一言。
「お兄さん、これの一番おいしい食べ方知っとらんね」
な ん だ と こ の 野 郎 。
おっと失礼、女性に対してなんたる口のきき方。
訂正してもう一度。
な ん だ と こ の ア マ 。
「まずね、ショウガを醤油にとかすんよ」
おう、それはもうやってる。
「食用菊ももみほぐして醤油に散らすんよ」
いや、それはやってねえ。(菊パラー)
「そしたらね、次は赤身にニンニクをちょこっと乗っけるんよ」
直(じか)に?
「直に。そうそうそんな感じ」
「そしたらね、それをコウネに乗っけてね、いっしょに食べるんよ。これが一番おいしい食(や)りかたなんよ」
併せ食い・・・だと・・・?
女将に言われるままに唯々諾々(いいだくだく)と従って、実食。
うーん。
ウンまああ~い!!!!!(byジョジョ四部億泰)
赤身の旨味が!
コウネの脂の甘味が!!
互いの良さを引き立てる!!!
生姜醤油in食用菊のキレと風味の良さ、それを殺すことなく肉の野性味だけを引き出す微量の直載せニンニク!!
これはもう、熊本の紅白肉合戦やあぁ~~~!!!!!
女将
「どう、うまいでしょ」
俺
「ウマすぎる。声が出ないくらいにはうめえ」
女将
「お兄さんしゃべれとるよ」
俺
「言葉のアヤよ。ところで女将さん、すき焼きはまだ時間かかるんでしょ?」
女将
「そうなんよ、ゴメンねぇ」
俺
「いや、いいんですよ。そんなら酒いかせてもらいますわ、ビールはすき焼きにとっときたいんでね(日本酒のメニュー取り出す)」
この時点で、何を頼むかは決めていたんですよ。
”花の香純米大吟醸 桜花”ってやつを。
このチョイスは友人の入れ知恵でしてね。
津田沼ってダチがいるんですけど、こいつがけっこうな酒好きなんですよ。とりわけ日本酒はマニアの域。
日本酒メニューを写真に撮って送信したら、即座に”花の香”の名前が返ってきました。
流石は日本酒限定のウィキペディア。人呼んでツダペディア。
「えーっとねえ・・・」
そう前置きしながら”花の香”の”は”まで言おうとした瞬間。
キラリと光る女将の眼。
女将
「お兄さん、よそん方(かた)の人だったら”れいざん”の大吟醸がいいですよ」
俺
「え?”花の香”にしようと思ってたんスけど」
女将
「それもいいけどねぇ。地元の酒なら”れいざん”がいいですよ。これはおいし」
まさかの女将キャンセル発動。
「えぇ~・・・・・・」
小考、そして。
「・・・よし、女将さんの案でいこう。”れいざん”でお願いしますわ!」
崩れ去るツダペディアへの信頼。
そうして運ばれてきた”れいざん 大吟醸”。
(※無能なことに写真を取り忘れたので、amazonで勘弁してください)
枡(ます)に置かれたグラスを溢れさせるまで注がれる、やや黄味がかった酒。
グラスに口を持ってって、一口すすって舌で転がしてみる。
うーん。
いやあ、淡旨(たんし)。
甘いというニュアンスもあるけど、それ以上に旨味が強い。
後味もベタつかない。さらっとしてる。これはぐいぐいイっちゃいますわ。
そしてこれがまあ、紅白馬刺しコンビと合うこと合うこと。特にコウネの脂とよく合う。
甘い脂に旨い酒。もーね、暴力的。ウマさの勢いが暴力そのもの。味の指定暴力団。
すき焼きまでの場つなぎの役目は十二分に果たしてくれましたね。サンキューれいざん。サンキューベリマッチ女将。
ツダペディア?知らない子ですね。
― ― ―
女将
「はーいおまちどう。すき焼きはじめますからねー」
キタ━━━━━━━━( ゚∀゚)━━━━━━━━!!(二回目)
さあさあさあ、千両役者のお出ましでございます。
鉄鍋という名の舞台を仕切るのはとうぜん女将、客の手出しは一切無用。
ようがす、こっちは手出しも口出しもいたしやせん。
その代わり、写真はガシガシ撮らせてもらいやす。
油を引いた鉄鍋を加熱、そこに天草大王をイン。
まずはこんがり焼き目をつけながら、いい具合に火を通すって寸法。
途中ひっくり返し。
うーわこの時点でめっちゃうまそう。焼き目のビジュアルがつよすぎる。
ここで割下とスープを投入。
ちなみに、スープの中身は鶏ダシと企業秘密的ななんか(女将談)。
あー、なんていい音だ、たまんねえ。
上半期一番のゴキゲンなサウンドだぜ。
企業秘密満載のスープも注いだら、いい具合に煮立つまでゆるりと待つ。
”れいざん”の残りをちびちび飲りながら、煮立つ鍋を見つめていたその時。
「お兄さん、もうそろそろ鶏いいですよ。おひとつどうぞ」
女将がカーンとゴングを鳴らす!
”待”ってたぜェ!!この”瞬間(とき)”をよォ!!
すかさず一つ箸でつまんで、溶き卵にからめて実食!!
うーん。
アツゥイ!!!(ビールゴクゴク)
女将
「あー、やっぱり熱かったね?(笑)」
わかっててゴング鳴らしやがったな女将!!?
いやーでもね、美味い。わかりきってたけどやっぱり美味い。
地鶏らしい弾力、旨味、そしてカリカリに焼き目をつけたことでほとばしる香ばしさ。こんなん塩胡椒だけで無限にビールが飲めそうなもんじゃないですか。
そんなネタを、まさかのすき焼きにしちまうってんですよ。犯罪でしょそんなん。
”うまいもの×うまいもの=もっとうまいもの”って、発想がカツカレーと同じかよ。いいぞもっとやれ。
で、そんな犯罪的行為の結果生まれたのは、砂糖醤油の重厚さと溶き卵のまろやかさを身にまとった、香ばしさ満点の地鶏。
その味、その風格、まさに大王級。
ヤバすぎる。
ウマすぎる。
箸もビールも止まんねえ。
食卓のパーフェクトクライム、ここに完成。
肉の旨味が割下に染み込んできたあたりで、女将が野菜どももイン。
ようやっと今回のサムネ画像でございます。
この野菜たちもすこぶる美味かった。
特にシイタケですかね、い~い甘みが出てたんですよ。こいつは単品で焼いてもらいたいくらい美味かったなあ。
― ― ―
肉も野菜も平らげて、あとはシメの御飯を残すのみ。
あー、軽めの一膳メシに香の物と汁物ってところかなーとか、そんなことを思っていたら女将が一言。
「シメの御飯ですけどね、これ(割下の残り)に卵入れて親子丼にしますからね」
イィヤッホオオオオーーウ!!!!!
割下をふたたびひと煮立ちさせ、そこに溶き卵を流し入れ、割下とよーく絡めて。
手早くよそう!よそう!!
御飯が金色(こんじき)の衣を装う!!
そう、
ナウシカの如く!!!!!
”その者、金色の衣をまといて三色の従者をしたがえ食卓に降り立つべし”
言い伝えは本当じゃったぁ~~~~(顔を覆い泣き崩れる)
ダシと旨味をしこたま吸った卵とじを銀シャリにぶっかけるんですよ、こんなん美味くないはずがないでしょうが。
しかも漬物の浸かり具合もとても良い。次からは突き出しの冷奴をこいつに変えてくれ、そのほうがはるかに酒がすすむから。
― ― ―
最高のシメの一品を、コメの一粒も残すことなく完食。
これにて、完全優勝達成。
よーし、良い酒も飲めたし美味いメシもたらふく食った。
思い残すことは何もねえ、お勘定おながいします!!!
「はーい、お会計8750円になります」
BOEEEEEE!!!!
たたたたた、TAKEEEEEEE!!!!!
えっマジか!?
そりゃあ鶏すきと馬刺しの時点で六千円超えるのはわかってたけど、だからってここまでいくもんか!!?
犯人は何だ、席料?サービス料?延長料!?いや延長料は違うな、いろいろと違う!!!
あ、わかった。
犯人れいざんだ。
こいつ、値段書いてねえ!!!!!
まあ、犯人さえわかりゃそれでいいや。
だいたい、最初から高級店だって知ってて来たんでね。ぶっちゃけて言うと、諭吉の一人は行ってこいくらいのつもりでいたんですよ。
味と接客含むサービスを考えたら、全然許容範囲内ですね。メチャメチャ楽しませてもらったぶん、むしろ適正価格と言える。
女将
「いやーお兄さんおいしそうに食べてくれたねえ。れいざんも美味かったでしょ」
俺
「美味かったですねえ。良い酒に良いメシに良い接客でした。今度はツレも一緒にお世話になります」
女将
「あらーうれしいこと言ってくれるねえ。でもね、地鶏もいいけど、やっぱりオススメは和牛やからね。次はそっちも試してみてね」
俺
「そいつは出世してからということで!!!!!」
― ― ―
引き戸を開けて、店を出る。
美味かった。地鶏のすき焼きがあんなに美味いもんだとは思いもしなかった。女将に勧められたれいざんもすこぶる美味だった。
久々にお大尽なマネをしちまったが、たまにはいいだろう。
仕事に打ち込んで稼いだてめえのカネで、てめえの好きなもんを食う。
たまには、こんな夜があってもいいだろう。
真っ赤なツラを提灯がわりにぶら下げて、ホテルまでの道のりをふらついた足取りで独り歩く。
雨の湿り気を含んだぬるい夜風が、酒に火照った体をやわらかく撫でていく。
ホテルまであと少しというところで、ライトアップされたシンボルが目に入った。
なんだよ。
なあに笑ってんだよ、大将。
なんだかえらくご機嫌じゃねえか、へへへ。