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七月の読書小記録

ひとつきに読んだ本のなかから3冊を選んで、力を抜いてみじかい感想を残していきます。
積極的なネタバレはしませんが、引用はするので未読の方はご自身の判断でどうぞ。


🎋七月の三冊


今日は誰にも愛されたかった/谷川俊太郎、岡野大嗣、木下龍也

コトバの奴にそんなことができたのは、我々三人が年齢は違っても、コトバといちゃつくことに眉をひそめたりはしない人種だからでしょう。

谷川俊太郎「コトバについて」

詩と短歌による「連詩」の世界と「感想戦」が楽しめる贅沢な一冊。
実はこの本を読むのは初めてではなく、オイ!七月の読書記録ちゃうやんけ!と審判 in my heartはホイッスルを構えているのだが、そのころは自分が短歌を詠むようになるなんて思っていなかった。つまり汐見りら(筆名)としては初読、ということで改めてじっくり味わってみる。
すごい。
昔読んだときとは解像度が全然違っていて、連詩のここがこうつながるんだ!とか、ここを省略したり一捻りしたりしているのか!とか、おどろきの連続だった。特にびっくりしたのは岡野さんの短歌「ベランダに見える範囲のになら心をゆるしても大丈夫」(いい歌だなあ)を私はずっと「ベランダに見える範囲のになら」と記憶しており、確かに犬って基本怖いけど近所の犬はちょっと怖くないかも♪、なんて四年以上も勘違いしていた……馬鹿すぎる……。

後半の感想戦のなかには実作するまではわからなかった感覚も多く、本当に楽しく読んだ。
好きな歌も詩もたくさんあるのだけど、連詩のつながりを引きちぎって個別に引用するのは違う気がするので、気になった方はぜひお手にとってご覧ください🐕

エコトバ 画の悲み/国木田 独歩【著】miya【画】

寄宿舎の門を朝早く出て日の暮に家に着くまでの間、自分はこれらの形、色、光、趣きを如何いう風に画いたら、自分の心を夢のように鎖ざしている謎を解くことが出来るかと、それのみに心を奪られて歩いた。

映画『ルックバック』を見たら不意にこの物語を思い出して、独歩全集を求めて図書館に行ったところ出会った一冊。
「エモい絵本」ってどうなの……と正直眉唾な感じで手に取ったのだが(ごめんなさい)、これがかなり面白かった!
ストーリー自体は独歩の「画の悲み」原文ママで、絵を描くのが好きな二人の少年・岡本と志村の物語が描かれるのだが、イラストレーターmiya氏の解釈が加わった絵とともに読むと新しい味わいが生まれる。
特に岡本が遊学に行った場面には明治らしからぬネオン溢れる東京が描かれていて、大胆さに驚かされる。このまま「One more time, One more chance」を流せば秒速5センチメートルのエンディングが始まりそうな雰囲気である!面白すぎる(interestingの意で)のでこのページだけでも見てほしい。
しかし、だからといって絵が原文を邪魔しているわけではなく、むしろ現代を舞台に再解釈することで、普遍的な感情に光が当たる。

引用したのは岡本と志村が二人で絵を描くことに熱中していたときに語られた一節だ。絵ではなくても、小説や音楽、俳句、短歌など、創ることに熱中したことがある人なら、目に映るすべてが表現対象になることへの興奮とうれしさに共感できるのではないだろうか。そういう根源的な想いを「エモ」と言うのだとしたら、「エモ」ってそんなに悪い奴じゃないのかも。

おんぶにだっこ/さくらももこ

私は今でも時々乳母車に乗りたいと思う。歩くのと同じ速度で、あの高さから街路樹や空を眺め、そのまま揺られて眠ってしまいたい。仕事に追われている時は、特にそう思う。

乳母車から見た景色

さくらももこさんの幼年期を中心にしたエッセイ。
幼いころ見た景色や抱いた想いをどれだけ覚えているだろう。私はもうかなりうすぼんやりとしているのだが、さくらももこさんの記憶力は凄まじい。二歳のころの話が豊かな語彙で描かれているのがすごく新鮮で、しかもその描写が的確なので忘れかけていた自分の記憶まで引っ張り出される感覚があった。
たとえば引用した乳母車の話……そういえば私も身体の成長が遅くて保育園の散歩では一人だけ乳母車に乗っていたんだった。しかもそれに焦りや不満を感じることなく、機嫌よく優雅に揺られていたため、親や保育士さんに不思議がられていた。作中には「乳母車に乗ると、お姫様になったような気分になるのだ。まるで、シンデレラのカボチャの馬車に乗っているような感じがした」という表現があって、「そうそう!わかる!!」と叫びたくなった。

さくらももこさんのエッセイというと明るくてユーモラスなイメージが強く、実際本作にも笑顔にさせられる描写がたくさんあるのだが、それよりも不安や後悔をありのままに綴った文章に心を打たれた。友達のビーズを盗んでしまったり(「盗んだビーズ」)、ランドセルに傷をつけてしまったことを言い出せなかったり(上松君のランドセル」)。痛々しいくらいにリアルな文章を読みながら、大人からみればそんなに気にしなくてもよいと思うようなことも当時は一大事だったことを思い出した。
幼年期の悩みって後々「ほっこり」「おもしろエピソード」的な扱いをされることが多いが、もっと真正面から受け止めて、大切にしてあげるべき感情であるような気がする。私ももっと振り返ってみようかしら、幼年期。

七月はたくさんの友だちに会えた。
夏の私は鉛のフットワークを持っている(生来の出不精に加えて暑くてへばっているため……)のだが、そんな私を家から引っ張り出してくれるうれしい予定には感謝しかない。
ところで私の友だちは出会った場所によってかなりタイプが違っていて、私のキャラみたいなものもそれぞれ違うので、万が一将来結婚式などをやることになったら「爆笑!ターンテーブル方式」で招待客と会場を分割して挙式しないといけないかもしれない、と怯えている。

七月、流さないそうめんで涼を納る


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