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シャツにあふれかえって

※お立ち寄り時間…5分

風が冷たい。
そりゃあ、そうだ。
11月も半ばだと言うのに、ドライヤーが予告なく壊れた。まるで、あっけらかんと、関係が断ち切られるみたいに。

どうしようもなかったので、お気に入りのマグカップを片手に、ベランダに出た。外で、滅多に出ないベランダで、髪を乾かしている。

「間柄を表現する言葉に、幾らか迷ってくれたら、嬉しいです」

突如、迷い込んできた子犬のような君の所在で、頭の中が混乱している。思うように喜べないのは、終わりがあるのを知っているからで、軽率に「好意」を持ちたくなかった。

大事なことは、小さく書かれていることが多くて、どうやら私は、それを見つけるのが不得意みたいだった。

「うーばーいーつ、頼むみたいに、また、いつでも呼んでください」

魅力的で、殺人的だと思った。
屈託なく向ける表現が、笑顔が、好意が。

眩しすぎて、透き通っている。言うなれば、真夜中、ジャンクフードに手を伸ばしてしまうような、そんな背徳感が消せなかった。

占い師だって、骨折するのに、テレビをつければ、「恋愛運」ばかりに目がいってしまう。自分にほとほと嫌気が差した。

しようもない、どうしようもない、行き場のない思いが、水やりもしていないのに、すくすくと成長していく。

ああ、もう、頭の中が煩わしくて仕方がない。

「時々、好きになって、隙間を埋めるみたいに会いに来るなら、嫌われたほうがマシです」

遥か昔、静かに投げつけられた感情が、まだ頭の片隅で疼く。あの真っ直ぐな瞳は、怖いくらい綺麗だった。そして、言葉の先を知っているかのように、ひどく優しく笑った。

夢の続きを言い当てられたみたいだった。

結婚したと、言い伝えみたいに聞いて、あの時、一緒に、食べきれなかったアイスクリームを思い出した。ひとくち、から始まって、ようやく終わりがきたんだと、心のどこかでホッとしていた。欲張りすぎた、アイスクリームだった。

やっぱり風は、痛い。
とびきり熱いココアを用意したのに、疾うに冷め切ってしまっていた。

足先が冷たい。
指先も冷たい。
何なら、体全部が、冷え切ってしまって、冷凍庫から出てきたみたいだ。当然ながら、髪は、冷たくしっとり濡れたまま、全然乾かない。

終着点の見えないこの構図が、なんだか心の有様みたいで、力ない笑いがくちびるの隙間から漏れ出た。

「うーばーいーつみたいに、頼んで、か…」

「柊さーん!何してるんですかー!」
「え、小柳さん?」

薄暗い空を焦点も定めず、じんわり眺めていると、ベランダの向こう側に、いつもの殺人的な笑顔があった。ケツメイシのPVみたいに、手が飛んでいくんじゃないか、と思うくらい、身体中で、私の名前を呼んでいた。

どんな目覚まし時計にも負けない、大きな声で。

「柊さん、そんな所に居たら、風邪ひきますよ」
「え、うん、いや、なんで?」

「逢いたかったからー!」

お腹をくすぐられるような、そんな迷いのない言葉をくれるこの子に、もう、怖くないよ、と言われてるみたいだった。

「あ、おでん、買ってきたんで」
「こんな夜更けに、おでんかよ。」
「似たようなタイトルの映画ありましたね」

このまだらに波打つ心臓に、まだ名前を付けたくない。
上手にかくれんぼできなくて、もうにじみ出てしまっているけれど。

おでんの匂いが鼻先をくすぐる。
君が、勝手にテレビのリモコンをいじり始める。私の髪の毛は、まだ濡れている。

けれども、きっとこの子が丁度良く何とかしてくれるだろう。

『忍れど 色に出にけりわが恋は ものや思ふと 人の問ふまで』

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