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小説【お立ち寄り時間1分】クレヨンで愛を染めて
虹色のシーツが目に入る。
まただ。
また、同じ場面で目が覚めた。
「あら~、また派手にやったわねえ」
去年、産まれた息子が、楽しそうにクレヨンでシーツを染める。真っ白なシーツ一面に、これでもかと言うほどに、自由にのびのびと。
「楽しそうで何よりだ」
重たい体をゆっくりと起こす。息子が、無表情のままこちらを一瞥する。
「そうね」
先ほどとは打って変わって、ため息交じりの冷たい声が部屋に落ちる。
「あなたも休日を楽しんでいて何より」
彼女の手には、洗濯物が握られていた。
昼食は、出来合いのミートソースパスタだった。
これもずっと同じだ。
毎日、虹色のシーツで目が覚める。
毎日、同じ味のミートソースパスタを食べる。
毎日、妻は、どこか寂しげだ。
そう。
毎日、本当に同じなのだ。
物理的に同じことが、幾度となく繰り返される。
おそらく、意図的に繰り返されている。毎日、同じことが飽きることなく繰り返される。毎日、同じ『この日』で目が覚める。
このミートソースパスタが終わったら、彼女と息子はどこかへ出かける。けれど、彼女と息子は、いくら待っても帰ってこない。二人は、まるで煙のように消えてしまう。
何度も、何度も、様々と結末が変わるように試みた。けれど、二人は帰ってこない。ミートソースがついた皿だけが、人数分行儀よく座っているだけなのだ。
「出かけてくるから」
「ああ」
彼女が顔を上げることもなく、静かな声で言う。
毎日、これが最後の会話だ。彼女との会話を全部合わせても、お気に入りの曲のイントロにも足らないかもしれない。
ああ、嫌だな。
これが、また、最後なんて。
「夕食は、僕が作るよ」
豪雨の中で、呼び止めるみたいに声をかける。
行かないでくれ。
頼む、お願いだ。
「…どうかしたの?」
「今日は、結婚記念日だから」
「憶えててくれたの?」
「……愛してるよ、本当に」
やっと言えた。
もう、何十回繰り返しただろう。もし、今日も君が消えてしまったとしても、何回でもいう。君が消えてしまう前に。君の記憶が少しでも、嬉しかったことで終わるように。
最後の日に、君の瞳に僕が居ますように。
「おはよう」
君の声で目が覚める。
隣で、彼がスヤスヤと寝息をたてて、気持ちよさそうに眠っている。
「起きる前に、朝ごはん食べちゃいましょう」
「ああ」
君のささやき声に嬉しさがにじみ出る。
カーテンの向こうに、大きな虹が架かっているのが透けて見えた。
それはもう、のびのびと。