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小説【お立ち寄り時間1分】正午の甘辛ラヂオ
プツンと不吉な音がした。
放送は、13分後に迫っていて、今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。重大なものほど小さな音が鳴る。例えば、心が割れるとき、とか。
「シュガー、お待たせ」
「……ソルトさん、CDが壊れました」
「あらあらららら」
ソルトさんは、1つ上の先輩で、もうすぐ卒業する。
アドベントカレンダーならぬ共通一次カレンダーがそこら中にあって、ちょっと息苦しい。もさい台詞なんて見つけた日には、胃のあたりが苦しくなる。受験生でもないのに、学校中のヒリヒリとした痛みは、低温やけどみたいにじわじわと広がる。
ソルトさんは、いつも飄々としていて、ステージに立つときも細く笑って動じなかった。けれど、ここ最近は、陽気なソルトさんも少しだけ湿っぽくなっていた。溶けてなくなっちゃうんじゃないか、と慌てた。
放送まで、あと8分。
「今日、放送できないですかね」
「……そうねえ」
「楽しみにしてたんです」
「うん?」
「ソルトさんとこの曲聴くの」
父の書斎から無断で持ってきたCDを見せると、ソルトさんは、くちびるの隙間からククク、と笑みを吐き出した。
「じゃあさ、歌っちゃう?」
「え?」
「シュガー、ギターある?」
「部室に…」
「これなら、一緒に聴けるでしょ?」
ソルトさんは、ケータイで歌詞を探しはじめ、ハミングを始めた。どうやら本気らしい。
「クリスマスも近いし、ジャズっぽくアレンジしたい」
「……善処します」
放送まであと3分。
まだ息が上がっている。
久しぶりに、廊下を思いっきり走ったから、足が小鹿みたいに小刻みに震えている。カップラーメンなら、あっという間に待てるのに、じりじりと時計の針がもどかしい。これが、あっかんべーの人が考えた理論なのか。お昼寝しないで、ちゃんと授業受けていて良かった。
「ねえ、シュガー」
「はい」
「どうして、この曲にしたの?」
ソルトさんの横顔を見ると、今か今かと楽しそうだ。やっぱりソルトさんは、こうでなくっちゃ。カラカラの陽気で、ワクワクと今にも飛んでいきそうな。
「ソルトさんに、元気になって欲しくて」
「……そっか」
放送まで5秒前。
4、3、2、1……。
『それでは、聴いてください』
『松平健さんで、マツケンサンバⅡ、ズージャーVer!』
ソルトさんが口パクで直前に言った言葉が、頭の中でサンバする。
これだから、もう。
オレ!