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「愛情」という盾

 佐久間、吉村先生一流の詳細な下調べと明快な時代背景を描きつつ語られた、前代未聞の脱獄囚の主人公。しかも、犯罪の重さをかき消すが如くの凶悪な脱獄囚である。

 佐久間がそうなった訳を、著者は生い立ちと風貌のからなる後天的な人間形成過程と先天的な鋭い動物的な勘に求める。
佐久間の転機は、鈴江刑務所長との出会いにある。いや、鈴江が佐久間の飢えていることに気がついた。「愛情」である。鈴江は、反抗の盾に「愛情」を用いた。老いを幾分感じ、抵抗にくたびれを感じていた佐久間へ、見事なカンフル剤となった。脱獄囚:佐久間、陥落である。
晩年、鈴江の配慮で生活保護施設の世話を受けるが、佐久間は野に生きる道を選択する。佐久間なりの本意であり、また美学であろう。
高度経済成長が急激に進み、物質による豊かさと交換に素朴な「愛情」が薄れ始めた頃、本作品を著者が描いたことに感銘いたしました。
(Amazon書評に加筆)

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