国指定史跡 山中城跡にて(夏の1コマ)
もとは、伊勢新九郎長氏(北条早雲)が伊豆韮山から挙兵して小田原入城する。そして、北条氏は山中城を築城した。西の砦としたわけだ。また、豊臣秀吉が小田原城を攻めた時には、一夜で滅ぼしたという。
ボクは城巡りを始めようと思って本を買った時に、天守閣がない城があって驚いた。お城には天守閣があるものとばかり思っていた。山中城跡の記事を見て、50年前ね😆
今日は2回目の山中城跡の見学に行って来た。下界では30℃の朝九時頃、山中城跡は26℃であった。そよ風があったので体感は20℃ちょっとてな感じでした。
この城の魅力は、戦国時代の空堀や土塁や井戸が綺麗に保存されていることだ。ツゲやアジサイが多く植っているのは、公園として広く親しまれるために必要とあきらめる。
海抜580mということ自体が山城という設計である。ボクは三ノ丸から入った。二の丸付近と天守台下に池があった。山城を営むのは平城(平地の城)と違い水の確保は重要なことであった。
この山中城跡は無料です。三島市が管理している。だか、いつ行っても人が少ない。国指定史跡だからやたらなことはできないと思う。しかし、野の花や虫や鳥などがいるようだ。歴史文化と自然散策をからめて教育や教養の場として活かせないものかと思う。
史跡巡りは丁寧に、学習ラリーはおおいに可能かと思う。巨大なアトラクションではなく、インバウンド需要を求めなくても良いと思う。四季の変化をもとに、季節展開できるテーマはあるはずた。
また、以前来た時と違ってこんなことに気づいたなどの財産はたくさんあると感じている。法律の絡みはわからない。でも、せっかく三島市が美しく保ってくれているので文化活用をさせるべきだと思う。
とかく開発には、経済波及効果が求められがちだ。しかし先の思いを実践すれば、文化財を大切にし、教育や文化に役立たせる行政は高くその運営を評価されるであろう。また、担う職員も誇りに満ちて仕事が出来るはずだ。
大切な財産、責任重大な任務、ボクらは彼らの思いをはかり知ることはできない。しかし、半分眠りかけた国指定史跡を皆の憩いの場に育ててくださればとても良いリスペクトだ。
他県の一市民のボクが山中城跡の美しさからそんなことを思いつき、つらつらと記した。高額なアトラクションよりも、史跡の文化活用はより未来見据えた我々の大きな課題であると感じた。また、このようにビジョンある取組で、文化遺産を単なる観光資源だけでなく知的財産へと昇華でないものかと。
いつもどおり起き、朝活をして山中城跡へきてよかった。
かわせみ💎