木漏れ日と当たり前の日々
ミュンヘンでウィム•ベンダ一ス監督、役所広司主演の映画「パーフェクトディズ」を見たのは2023年が間もなく終わろうとしている時だった。
作品は渋谷のトイレ清掃を生業とする主人公、平山の日常と時折起きる出来事で構成される。それはほんの小さくささやかな世界。ただそんな中にも喜びや心の揺れがあって、映画ではそんな時々をすくいとりながらゆっくりと進行していく。
東京の風景に懐かしさをおぼえ、石川さゆりや三浦友和がドイツ語を話すのを不思議な気持ちで見ていた私。随所に監督の日本に寄せる愛情を感じた。
かたや一緒に映画を見た同僚3人は日本に行ったことがない人たちばかり。どんな感想を持ったかと聞いてみると、口を揃えて「僕たちはいつも日常に飽きて何か特別なことを求めようとするけれど、今あるものやことに満足することの大切さを教えてくれた」という。
ほかにも映画のフォーマットや選曲、そしてトイレに至るまでよもやま談議を繰り広げて存分に作品を堪能した。
それから10日後、燃えた飛行機の残骸残る羽田空港に降り立った。大地震と津波と飛行機事故と立て続けに起きた大惨事。そのショックから抜け出せないかのように東京の空気はこわばっていた。
雪をかぶった富士山がくっきりと見える美しい冬晴れの日というのに…新しい年を迎えためでたさの残り香があってもおかしくないはずなのに….街に晴れやかさはどこにも感じられず、テレビをつけると倒壊した能登の町並みが映っていた。
その中に親族、家族すべてが巻き込まれ、亡骸を探す男性がいた。「みんないなくなってしまった。どうやってこれから生きていったらいいんだ」ー。取り囲む報道陣に向かって絞り出される叫びには悲しみと絶望だけが溢れていた。かけてあげられる言葉は画面越しであっても見つからなかった。
せめてもう少し小規模の地震だったら多くの人が助かっていたのかもしれないのに…いろんなタラレバが浮かぶけれど、犠牲になった人たちはもう還ってこない。
自然災害が何といっても厄介なのは責める相手がみつからないことだ。だって自然はその摂理にしたがって動いているだけ。防災対策にぬかりが。。といったところで自然の猛威に対抗する術は限られている。
こんな時いつもいつも自然災害の(比較的)少ないドイツがうらやましくなる。年末から年始にかけてドイツ北西部の町で洪水と堤防決壊のおそれがあった時も、近隣消防や隣国フランスの手を借りて土嚢を積み上げたりと最悪の状況に備える態勢をとっていた。ボランティアも大勢いて、住民は不安をかかえつつもこれで何とか乗り切るぞと前向きだった。
もちろんジワジワくる自然災害だってできるならば避けたい。でもいきなりマックスの勢いで襲いかかられたら人間はとても太刀打ちできないような地震に比べたらどれほどマシなことか。
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日本到着から3日後、思い立って映画の撮影地の一つとなった代々木八幡宮へ行ってみることにした。主人公は境内にあるベンチで昼食をとり、コンパクトカメラで木漏れ日の写真を1枚撮ることを日課にしている。
実際訪れた境内にはたくさんの木が植わっていて、御神木のクスノキには参拝客が手をかざしたり、ガバッと抱きしめたりしていた。
でも平山がカメラを向けていたのはそんな特別な木ではないはず。彼の視線の先にあったのは、太陽の位置からして敷地内に保存されている古代の住居跡の横に生えている大きなマテバシイとみた。この木の葉の間から漏れる日差しの一瞬を彼はとらえようとしたのではないだろうか。
木漏れ日は"Komorebi"として映画の最後にスクリーンで説明されていたキーワード。この言葉は昨年、ドイツの新聞記事で「(ドイツ語にはない)ロマンチックな外国語の言葉11選」の一つとして取り上げられていた。
しかもその根拠は明らかにされていなかったけれども「最も美しく繊細な言葉はまたしても日本語から」という注釈付きがついていた。さらには「細部好きな日本人はインスタグラムに#木漏れ日と31万4千件ほど写真をアップしている」とも。
平山がモノクロで毎日取り溜めた木漏れ日の写真は他者からすれば何の意味もなさない。なんでこんなものをと訝しがられるのがオチだ。でも彼にとっては写真を撮る行為も出来上がった写真も大切なルーティンワーク。どれ一つとして同じ写真はない。
現像してみて気にいらなければ処分したりもする。それは私たちがイヤなできごとを早く忘れようとするのとちょっと似ているのかもしれない。
誰にだってうまくいく日もあればちっともツイてない日だってある。そして何もなかったな、なんて思いながら当たり前のように過ごしている一日だってある。でも決して当たり前なんかではないのだ。だって明日がやって来ることすら当たり前ではないのだから。。普通の一日を精一杯、大切にしながら生きていきたい。
2024年冬
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