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受け継がれてきた品種を守る「種の図書館」(中)

ババーンと発芽した豆の「セコイヤの君」は職場の一角でスクスク成長し、本格的な栽培のために我が家に興し入れするのを待つばかりとなりました。

   良縁のためには良いお日柄が何といったって大事。。。いえいえ大安とかの吉日の話ではございませんよ。というのもドイツには5月の中旬に「氷の聖人」(Eisheiligen)たちの日々がやってくるのです。

  それは5月11日のマメルトゥスから始まって、パンクラティウス、セルヴァティウス、ボニファティウス、そして15日がソフィアという氷の聖人5人組。
 この日が過ぎるまでは霜が降りて地面が凍ってもおかしくないくらい気温がぐっと下がる可能性あり、ということでトマトやズッキーニなど寒さに弱い作物の屋外での植え付けは慎むべしという農事暦というか園芸暦があるのです。

5月15日は「冷たいゾフィー」のお出まし

 セコイヤの君と共に次世代を育むと誓った身としては早く我が家へお越しくだされ、と気がせいて仕方がない。フライングを仕掛けるのですが、その度に同僚から「まだ早い、氷の聖人の日がまだ来るぞ」と制止されてとの繰り返し。 

  男性の聖人たちは一緒くたにされて名前もうろ覚えなのですが、ソフィアだけは「冷たいゾフィー」と形容詞までつく怖い存在。勝手にイメージ画を描いちゃいました。↓

銀河鉄道999メーテルを真似た渾身の一作でございます


ようこそ我が家へ、セコイヤの君


 フライングを企ててはスタートラインに戻される日々を重ね、それでも天気予報をみている限りは氷の聖人たちがやって来る気配はゼロ。最高気温26度を超える日も出る夏模様ではありませんか。

 夜の気温もさして下がらないし寒さが戻ることはないでしょう、ということで「ゾフィー、アンタも地球温暖化でヤキが回ったわね」と捨て台詞を吐いてとっととセコイヤの君を我が家へお迎えすることにしてしまいました。

 馬車はご用意できないけれど、ママチャリの荷台に箱をおいて、倒れないように緩衝材をはさんで走り出せば、気分はすっかり新婚旅行ときた。さあさあ、我が家のベランダへようこそいらっしゃいました。

 本当ならば広々した庭で寛いでいただきたいのに、私の甲斐性がないばかりにアパートの狭いベランダですみませんねえ。

  申し訳ないんだけどスナップエンドウさんと同居なんです。え、この白い発泡スチロールの容器は昭和の魚屋さんみたいでおイヤ?ああ。許してごめんなさい。こんんなはずじゃなかった。。。。

ん、なんだなんだこの展開は?

おい、私はもしかしてヒモ男を育てている・・・?

ヤバイ。それはいかんぞ!

 いい、セコイヤの君、よく聞いて。ベランダっていったってここはミュンヘンなの。ドイツで一番物価も地価も高い都市なんだからね。

 それに狭いったって南向き、しかも屋根だってついているでしょ。この魚屋風情な箱だってね、元は保冷箱だけどプランターにアップサイクルしたの。繰り返すけど今流行のア・ッ・プ・サ・イ・ク・ル。エコな環境に住んでますっていうのはとってもおしゃれなんだから。

昭和の香りがプンプンする発泡スチロール箱



 それとね、スナップエンドウさんと同居になったのは私のせいじゃない。このズッキーニおじさんのせいだから。ガーデニングセンターに行ったときにたまたまこのラベルに目がいっちゃって、「ミュンヘンで作ったぜ」って口説き文句にやられていらないのに苗を買っちゃったのよ。


アナタのせいでセコイヤの君の住処がなくなりました。。。

で、ズッキーニって場所とるでしょ、だから本当はアナタに住んでもらう予定だったもう1つの箱についつい植えちゃったからどうしよもなくなったの。

 分かった、謝ればいいんでしょ、ごめんなさいって、でもねこれだけは言わせて、今の時代は豆だって甘えちゃダメなの。日々のお水は私が用意するけれどね、とっとと窒素の栄養分は空気から自分でとってきて!*人にすがるだけじゃなくって、二人三脚で愛の結晶を育てるのよ!!
                ああ、クラクラ、フウ、言ってやったわ

*マメ科植物は根粒菌と呼ばれる土壌細菌と共生し、根に根粒を形成します。根粒菌は根粒の中で空気中の窒素をアンモニアに変換する窒素固定を行い、固定した窒素をマメ科植物に供給することで、マメ科植物の生長に大きく貢献します。

農研機構プレスリリースマメ科植物と根粒菌の共生に関わる重要な遺伝子を発見より

マメは交配しにくい植物

 無事に家に来てもらってここまで至極順調な滑り出し。でもこれからが面倒なんでしょ、と思われた方もいるでしょう。かくいう私もそう思った一人でした。固定種を守るのに大切なことは、別の品種の豆と交配させないことで、ものすごく手がかかるのではと心配したのでした。
 
 例えば以前に訪ねたトンガリキャベツの産地では他のキャベツと交配しないよう種採り用は少し離れた隔絶された場所で栽培されていました。あと植物園では希少植物の種を採取するために手で受粉させ、後に透明のビニル袋などで花を覆って結実するのを待つといった手間のかかる作業がされています。

  我が家では他に豆は育ててないけど何か特別なことをしてセコイヤの君を守らねばならんのか?

  そんな疑問点についてセコイヤの君を借りだした種の図書館で行われた豆についての講演会で聞いてみました。長年ご自分で豆を栽培されている講師のA先生によると、「豆は自家受粉する割合が高く、交配する可能性が低い野菜です」とのこと。

  さらに「昔ながらの固定種を守る活動は一部の専門家や愛好家で担われてきましたが、土地と人手の限界がきています。そこでもっと多くの人に携わってほしいということで交配しにくい野菜を選んで種の図書館に出すことにしたのです」と背景を説明してくれました。

豆の講演会 


 あとこれは植物研究所の標本(学術的な用途のために植物を乾燥させて紙に張って保存した押し花のようなもの)作りの専門家に聞いた話。有用植物の種を冷凍保存するノアの箱船のようなものが作られていて、永久保存されるような錯覚に陥るけれども、実際には穀物などの種は発芽能力が衰えるので何年おきかに解凍させて、種を蒔いてまた新たな種を採取して冷凍するのだそう。

規格外の固定種はセーフティネット


 種の図書館を通じて種の問題を考えをめぐらすようになりました。

  安定した収量や、一般受けする形、味、保存性の高さなどを追求して品種を掛け合わせ、親のいいとこどりをねらって開発されたF1種は規格を満たした優等生。

   一方で長い年月を掛けてそれぞれの地の風土にもまれて発展してきた固定種は人間によってセレクトされてはいるけれども、長所も欠点もいろいろ秘めたスケールの大きな規格外の種です。

   どちらのほうがいいとか優劣はつけられない。F1
種がなければ世界中の人のお腹を満たすことは出来ないでしょうし、でも固定種が生み出す形も味も普通とはちょっと違う野菜は私たちの食卓を豊かにしてくれます。

  ほら、この世界だって枠にはまらない個性の持ち主の力や才能によって面白くなったり発展する面があるではないですか。

    それに地球環境が温暖化で急激に変わろうとしている中で、固定種から新たな環境に適した種を開発することだってできるのかもしれません。つまり多様さを守ることは私たちのセーフティネットなのかもと考えたりもします。

 そう考えると細々とでもいい、ベランダの片隅であってもいい、消えつつある固定種を生きた形で(冷凍でなく)守っていくお手伝いを少しでもと思ってしまいます。

 さてセコイヤの君は我が家にきてから1週間後に紫色の小さな花をつけはじめました。なかなか高貴ですね、と語りかけてはうっとりし、悪い虫がつかないよう見張っています。

    「冷たいゾフィー」がなんと5月下旬に化けて出てきた時も「ゾフィー、アンタもやるわね」と言いながら箱を寒さに当たらないように移動してやって、とまあまあかいがいしく世話女房のようにつくしちゃってます。

さやが見えますか?早くも次世代誕生です


 小さなさやも見えだしていますし。。。今のところセコイヤの君と幸せに仲良く暮らしています。



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