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スマホ「赤紙」

雨宿りのために、高校生がバス停に駆け込む。マウンテンバイクを横倒しにしたまま、雨の鞭に叩かれて。先客が一人、ベンチの端に腰掛けている。お腹の大きな、美しい女性だ。両手で膨らんだお腹をいたわるように抱いている。手にはケータイを持ち、画面をじっと見つめている。誰かを待っているのか、見送ったあとなのか、分からない。高校生は、海から上がった小型犬のようにブルブル髪の水滴を払い除ける。

妊婦の足元にはビニール傘が倒れている。少しも気にせず、彼女はケータイ画面から目を離さない。ちらっと目を遣るだけでも、画面の真っ赤な主張は否みようがない。高校生は居たたまれなくなり、雨が小降りにならないか様子を窺う。それに気づき、ふと我に返った妊婦は「よかったら、この傘をどうぞ」と小声で言う。顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れ、憂愁と、悲哀と、言いようのない失意に埋もれている。

雨は止まない。適切な言葉を掛けるには、高校生はまだ若すぎる。深い沈黙が続き、ほどなくして、雨音は高校生のケータイの着信音を際立たせる。彼は画面を見て、膝から崩れ落ちる。小刻みに震えながら翳したケータイの画面には、妊婦と同じスマホ「赤紙」の原色が貼りつく。

どれくらい時間が経ったのだろう。高校生はゆっくり囁く。「お願いがあります。そのお腹、擦ってもいいですか?」。妊婦は黙って頷く。しばらくお腹を撫でてから、「きっと元気な男の子ですよ」と高校生は言う。言い終わらぬうちに、一気にバス停を飛び出す。

「中途半端に濡れるから、煩わしいんですよね」と大声で怒鳴る、「いっそびしょ濡れなら、気持ちいい」。

「ウォオオオオオ!」あらんかぎりの咆哮とともに、天に向かって両腕を広げる全身に、雨の一斉射撃が降り注ぐ。


【赤紙】戦時中に兵士を臨時招集するために発行された命令書で、その色から赤紙と呼ばれた。縦15㎝、横23㎝、の赤い紙に印刷されており、受け取りの拒否は許されなかった。

Google AI より



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