エスタンピ―ユ
キノコとズッキーニのパスタソースを作り、Kは自室に戻る。ガールフレンドが脛毛を剃っている。ベッドの上にビーチシートを広げ、サテンのバスローブをはだけたまま、シェービングの泡を惜しげもなく吹き付ける。「スパゲティは茹であがった?」と彼女は訊く。
「あと8分かな」とKは応える。応えながらも、目は、白い入道雲に覆われた彼女の両脚に釘付けだ。しっとりシェービングクリームが沁み込むまで、彼女はしばらく優雅に待つ。往年のマレーネ・ディートリッヒ気取りで、細長いキセルをたおやかに翳す。
「ねえ、灰皿よ。気が利かないわねえ」。たしなめられ、Kは付き人のようにガラス製の灰皿を持っていく。彼女はからかって青い煙をKに細く吹きつける。「肩でもお揉みしましょうか?」とKが訊くと、「明日は晴れるわよね?」彼女は窓の外の雨雲を恨めしそうに見やる。
T字剃刀を持ち、彼女はなだらかな傾斜の脛に刃を当てる。まったく躊躇せず、サッとひと思いに剃刀を滑らせる。雲状のクリームの隙間から、蝋細工のような肌色の脛が露わになる。そのまま足首から膝小僧に向かって剃刀を走らせ、次々と泡を洗面器に取り除く。
「ゴーグルは、度入り?」
「パラソルは大きめじゃなきゃイヤよ」
見事に剃りあげられた脛脚には、傷ひとつない。アルデンテのパスタみたいで、脚だけのモデル雑誌があれば、きっとVOGUEの表紙クラスだ。
キッチンに戻り、Kは鍋の火を止める。不意に、訳もなく、あるアイデアが去来する。スパゲティが伸びるのも構わず、Kはパントリーの奥から祖父の代に使っていた焼きゴテを探し出すのだ。家畜もろもろにジューと焼印を施していたそれを、取手に熱が伝わるまで暖める。赤々と灼熱色に怒る焼きゴテを手にして戻ると、「何よ、それ?」とガールフレンドは後退る。たちどころに、剃りあげたつるつるの脛脚を隠す。
「ちょっと待ってよ」
「冗、冗談でしょ?」
ヒヒヒッと込みあげるKの笑いには、奴隷の反乱めいた獰猛な残忍性が潜んでいる。摂氏230度の、愛の印——。