選評「便器の騎士」
今回の佳作に選ばれたこちらの作品ですが、注目すべき点はいくつかあります。まず、バケツを便器に置き換えることによって生まれる、テキストの異化作用ですね。それを、原作を忠実になぞりつつ最後まで完走したのは、称賛に値すると思います。カフカに負けじ劣らず、というより原作者カフカのおかげで、老いの哀しみ、折れた自負心、とでも言いますか、それが現代の後期資本主義的な抑圧と静かに相対しており、便器にまつわるアイテムとして紙オムツを選んだ時点で、この作品の一定の成功は約束されていた、とも言えるでしょう。
残念ながら、しかし佳作は佳作なのです。優秀作との違いは、実はいま申しあげたロジックにあります。このパロディは「頭」で書けますからね。原作との偏差と言いますか、捻りと距離感さえ定められれば、あとはモダニズムの知性的な処理で、いわば誰にでも書ける。
それは、カフカからいちばん遠いものです。書くことのインプロビィゼーションがない。せめてエンディングぐらいは、いまはもう最後の仕切りで、どんづまりの隅に罠が待ち構えている、走りこむしかないザマだ。「方向を変えるんだな」と猫は言い、パクリと鼠に食いついた――。