セクシャルマイノリティ(lgbtq)の私
セクシャルマイノリティの私
恵まていることに、私の周りには理解のある友人が何人もいる。
だから、私が「セクシャルマイノリティ」であることを時折忘れてしまう。
私は今、生物学上の女性と付き合っていて、シェアハウスの個室で同棲している。
周りの友人にカミングアウトしたときには大体、『いつからそうなの?』と聞かれる。
正直言うと、いつからも何もない。
私は生まれたときから自分だし、自分なりに性別を問わず何人かの人を愛してきた。(そりゃ初恋がいつだかという意味ならば、人それぞれだとは思うけど。)
あとよく聞かれるのは夜の話。
正直男とするのと何も変わらない。(指向は人によると思う。)
要するに、初恋とか夜の話を、どのくらいの関係性なら話すのかは考えてみたほうが良いよねと思う。
だからといって、慎重に腫れ物に触るようにふれられるのも違和感があるんだ。
だから全部、自分のパターンに置き換えて考えてから、こっちの話題に触れてくれればこっちは全然おっけいだよって話。
ジェンダーについて話してみよう。
私の体は女だけれど、死ぬほど男になりたい時期だってあった。
そういう時期は、ありきたりだけど髪を短くしてみたり、なるべく化粧を薄くしてみたり、スカートは履かずにパンツしか履かなかった。
でも今の私は、女らしくでも男らしくでもなく、自分として生きていられればそれでよいと思っている。
服装も今は女性らしいものが多いけど、これから先もずっとそうとは限らない。
そんなもんで良くないか。
だから私は『セクマイだよ』とか『彼女/恋人いるよ』とは言っても、自分のセクシャルやジェンダーについては断言したことはない。
だって自分でも分からないから。
「男になりたい時期」もあれば「女でありたい時期」もあり、「男を愛した」時期もあれば「女に恋した」時期もあったから。
どの時期の自分も否定したくないから。
冒頭で、「理解のある友人が何人もいる」と言ったけど
その「何人か」に絞られる過程で、酷な言葉もつらい経験もそれなりにしてきた。
強くあれとは言わないけれど、私のコミュニケーションの取り方は「自分を開示することで相手の信用を得る」ことが比較的大きかったから、その結果が今にあるのかなとも思う。
要は、「障害」も「セクシャル」も「ジェンダー」も自分は持っているけれど、それを開示したことで不快に思う人とそうでない人のふるいが勝手にかけられたんだと思う。
でもそのふるいって結構きつくて。もう経験したくないな(笑)
でもこれから先、私が当事者相談室の活動をしていくことで、また私として生きていくことで、そのふるいは何度だってかけられる。
時に折れたり、伸びたりしながら私の心と人生が柔軟になっていけたらよいなと思う。
最後に、ちなみに私だって愛する人と結婚したいし、子供だって欲しいよ。
でもそれは、自分や相手だけとの問題じゃないから、慎重に、タイミングや環境をみていつか叶ったら人生悔いはないなと思います。
いつか孤児院つくりたいなあ。みんなの母になりたいの。
プロフィール
セクシャルマイノリティ、発達障害(ASD/ADHD)、統合失調感情障害の当事者。 理系四年制大学を卒業後、就労移行支援・就労定着支援の支援員として従事。 現在は思春期精神科にて医療ソーシャルワーカーとしてカウンセリング業務などを行う傍らで、四年制大学に編入し心理学を学ぶ。
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