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トラウマと、プラトニックな関係と、中二病と。

初めて彼氏ができたのは高校一年生の夏、バイト先の1つ年上の男子高校生だった。

 バイトしていたマックは2号線沿いにあった。当時住んでいた地方の大通りはマック、レンタルビデオ『ゲオ』、マックスバリュー、ザグザグ、ブックオフ、サーティーワン、ユニクロ、ラウンドワンこの通りに行けば大体が完結できた。この2号線を行ったり、来たりして青春を過ごしていた。

何より2号線に行けばその日は充実感でいっぱいだった。学校が終わると直ぐに、自転車で20分かけてマックに向う。バイト先のマックは高校生から大学生中心に学生が多かったから部活みたいで楽しくて、学校よりもマックに私の居場所は確実にあったと思う。

その男の子とは同じタイミングでマックに入った。

私が苦手な業務はドライブスルーの注文係。特に休日の混み方は半端なかった。2号線をずっと走るとイオンがあるから、午前中にイオンで買い物した帰りにマックでドライブスルーするお客さんの車で長蛇の列ができた。手際の悪い私はパニックになる。反対に頭の回転が早い彼はどんくさい私をサポートしてくれた。

他愛もない話しをするうちに、仲良くなっては付き合うことになる。どちらからともなく自然に。

彼はバイトが終わると律儀に家の前まで送ってくれた。


そして、いつかの帰り間際、初めてキスした。


その瞬間、全てがスロモーションに感じた。少しずつ顔が近づいていく、目を閉じる、勇気を出して、ぎゅっと瞑っていた目を開けてみると、まだ目を瞑っていた彼の周りがピンク色にキラキラと、ホログラムのように輝いて美しかった。そして、脳内では歯医者の待合室かかっているようなオルゴールが流れていて、その光景はかつて読み漁っていた少女漫画みたいだった。


バイバイして、ぽーとしながら部屋に戻ると私はベッドの上で足をパタパタしながら、右に左にぐるぐる回転しながら、さっきのピンク色の出来事を思い出した。あれは現実だったのだろうか?いや、確実に唇が触れた。思い出すと顔が赤くなった。

心がぽわぽわするのと同時に恐怖が襲ってきた。キスをしたということは、いずれ次のステップに進むことだ。私はどうしてもできなかった。男性に自分の体を触れられると思うと、全身に鳥肌が立っては苦しくなる。


この1年臭いものには蓋をしていた。自分の中で封印していたあの事を思い出すと、みしみしっと、修復しかけた自分の心が壊れていくのを感じた。そのヒビが入った隙間から黒い何かに侵食される感覚に陥る。やがて心の8割が黒いものでいっぱいになる。こいつは厄介だ。心の隙間に入り込んだらネバネバして中々拭いきれない。あぁ、さっきまで幸福でいっぱいだったのに、台無しだ。


それはちょうど昨年の冬のこと、少し暗くなるのが早くなった18時頃の帰り道。私は面識のない大学生らしき人にいきなり『いたずら』された。詳しくは省略する。書いていても辛いし、読み手側も不快感でいっぱいになるだろうから。だけどなんとか、口元を押さえられた手を思いっきり噛んで、相手の腹に強烈なキックを決めて早い段階で逃げれたので、大事には至ってはない。

あの時はとにかく走った。明るい場所に向かって。助けて、誰か助けて。その時どんな格好だったかは分からない。なりふり構わず走って、走って。コンビニ、スーパー。なんでもいい、地方の寂れた街に唯一ぽつぽつしてる光に向かって。走った時間はほんの少しだったと思うけど、とてつもなく長い時間のように感じた。


このことは恥ずかしくて警察にも家族にも、誰にも話せなかった。被害者を増やさないためには話すべきだったと思う。でも・・・できなかった。自分が汚れてしまったかもしれないショックと、理性の効かない一部のバカな男への苛立ちでいっぱいだった。

だけど、私は悲劇のヒロインになりたかったわけじゃない。だって世の大体の女の子は大なり小なり性的な事で嫌なことを経験してるから。私だけではない。しかも私は肝心なことは守れたし、もっと辛い経験をしている子は大勢いるだろう。だけど、それでも、あの時に心が壊れかけたのは事実だった。


初めてキスをしてから2週間後、私の誕生日。彼から帰り道にプレゼントを渡された。4℃と書かれた小さな箱を開けてみると、ハート型のネックレスだった。4℃というと炎上したXが話題になるが、当時の高校生からすると高価な物には間違いなかった。だけど、私は心の底から喜べなかった。このプレゼントを受け取ると次のステップに進まないといけないプレッシャーを感じたのだ。


結局、家に帰ってから彼に別れ話をした。

『プレゼントは受け取れない、返すね』

メールを送ると、せめてネックレスは受け取って欲しいと言われた。それからは私も彼も気まずくてバイトを辞めたけど、先に進めない理由をちゃんと彼に話せばよかったと後悔した。頑張ってバイトを増やしてネックレスを買う彼なら理解してくれたかもしれない…

こんな風に自分で勝手に自己完結するのは、やっぱり悲劇のヒロインみたいで中二病ぽい。例えば、ある男性の彼女が浮気して『これだから女は信用できねぇんだと』と武勇伝ぽく語るのはダサい。浮気をする女もいるけど、しない女も沢山いるのだ。自分が経験したたった1つの出来事をあたかも世の全てのように語るのはやはり中二病ぽいのである。 


だから私が怒りを感じてるのは、理性の効かなくて行動に移すバカな男だけで、残りの8割くらいの人はきっと純粋で優しい人だと思う。だから次に付き合った人とはちゃんと話せたらいいなと思った。

*


その次の彼氏と出会ったのは数ヶ月後だった。


親友の部活が終わるのを図書室で辻仁成さんの『愛をください』を読みながら待っていた。

『あ、辻さん好きなんだ?俺サヨナライツカが好きなんだよね』


そう話しかけてきたのは、隣の隣のクラスの同級生だった。ほんの少し、かっこいいなと思っていたから顔だけは知っていた。


この会話がきっかけで話すようになり、その後サヨナライツカを彼から借りるようになり、私は愛をくださいを彼に貸した。愛をくださいは中学生の時に初めて自分で買った大切な小説である。


その後、音楽の趣味が似ていることも発覚して、互いに短文のメモを添えてアルバムも貸し借りするようになった。

『俺のオススメは6曲目』

『6曲目の歌詞いいね、私は10曲目がかっこ良くて好き』


東京事変、アートスクール、RAD、くるり、10FEET、ナンバーガール、藍坊主、tacica、ストレイテナー、このあたりのアルバムを貸し借りした。

『この歌詞にはどんな意図があるんだろうね?』

こんな風にたったひとつの音楽から互いの解釈を話しては、時には共感して、こんな解釈もあるのかと驚いているうちに、いつの間にか付き合っていた。


そして、1〜2ヶ月後、彼が私の服の上から平らな胸を触ろうとした。 


その時に、あの事を彼に打ち明けた。なるべく重い空気にならないように、少し笑いながら、こんな出来事があったから男性に触られるの嫌なんだよね、その事は今は全く気にしてないけれど、次のステップに行くのは時間がかかるかもしれないと。1人で勝手にペラペラ喋った後、おそるおそる彼の顔を覗き込むと私は驚いた。


彼の頬には涙が伝っていたのだ。それから彼は嗚咽するくらい1人で泣き続けて、私はそんなつもりではなかったから、ほんの少し困ってしまう。30分経過した頃にやっと彼が落ち着いた。

てっきり私は胸を触れなくて悔しくて泣いてるのかと思った。もしくは私の胸が想像以上に平らそうだったから?はは…なんて。


『泣いてごめん。その時に守れなかったのが凄く悔しくて』 

びっくりするのと同時に、私は嬉しかった。

というのも、あの件で私は泣いたことがなかったからだ。なるべく考えないように、自分の心に蓋をして、いつものように俯瞰して、悲しむことから逃げていた。あの時はたまたま運が悪かったと自分に納得させていた。私の代わりに彼が泣いてくれて、悲しんでくれて、悔しがってくれて、悲しかったあの事を共有してくれた。


30分間彼が泣き続けたのは拷問のような時間だったけど、いつの間にか私の心に潜んでいた黒くてねばねばしたヤツがいなくなるのを感じた。 


それから彼は手を繋いだりキスやハグだけで十分だと言ってくれた。ほぼ毎日一緒に下校して、バイト以外の週末はデートして過ごした彼とは4年付き合ったけど、そのうちの1年半はプラトニックな関係だった。 


次第に彼に触られても鳥肌は立たなくなり、次のステップに進んだが、それはそれは滑稽でシュールな行為だった。あぁ、少女漫画、AV、ギャルゲーなどでこの滑稽な行為をよりエロくて、神聖な行為に捉えていたのかもしれない。現実は、呆気ないものだった。ま、そんなもんだ。 

*


その後、彼には20歳の時に『他に好きな人ができた』とあっさり振られてしまったけど、彼にはとても感謝している。


あのプラトニックな関係がなければ私は相変わらず『これだから男ってバカだよね〜』と自分の経験が全てであり、謎の視点から語る悲劇のヒロインぶった中二病だったと思う。

20年前の私は部屋で体育座りしながらモンモンとしていた。未来を悲観していた。もう男性と関わるのは嫌だと、結婚なんて1ミリも憧れもしないと。

だけど、体の関係がなくても深く繋がれたあの時間は掛け替えのないもので、おかげで過去に遭遇したほんの少しの不幸は鼻で笑えるようになった。

そして、いつの間にか男嫌いも克服されて、夫にだって出会えたのだから。

そう、こんな未来が待ってるなんて、あの頃は想像できなかったんだ。

それは、あの時に本当の自分のことを告白したから。

その先に待っていた自分の人生は想像より、ずっとずっと素敵だった。



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