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『盤上の夜』ネタバレ読書呑記(7後半)~象と龍(Elephant And Dragon)

前回の呑記の続き、後半です。

その前に、前半踏まえつつのお話。

『象を飛ばした王子』での会話ですが、サンスクリット語ではありません。
それは、サンスクリット語は書き言葉なので通常の会話には用いないからです。
おそらく、マガダ語で話していると思います。
そして、仏教の口伝経典に用いているパーリ語は、マガダ語とほとんど共通していて、酷似といってもいいようです。

さて、象はパーリ語でnagaですが、龍(あるいは、蛇)もnagaで一緒のようです。
これをふまえて、『象を飛ばした王子』を読んでみると……、というのが今回の呑記です。

馬も飛んでいる

改めて、チャトランガについて書きます。
象のコマの動き方については、前回書きました。
おさらいすると、
A)ナナメ4方向に2マス飛んで移動。
B)ナナメ4方向もしくは前方に1マス移動。
のどちらかになります。
Aの動きが「象は飛ばない」と否定されている動きとなります。
といいつつも、このことについてなぜか誰も言っていません。

馬は飛ばない。

チャトランガの馬のコマの動きは、チェスのナイトと同じ(ナナメ4方向に1マス+タテヨコに1マス飛んで移動)です。
飛んでるやん。
馬に対してツッコミがないというのは、馬は飛んでもおかしくないから、なのでしょうかね?
たとえば、こんな解釈をしてみます。

ラーフラの考えたチャトランガにはベースとなる遊戯があり、象のコマは飛ばない動かし方(B)だったのだが、ラーフラは(A)の動きを考案した。

もともとの動かし方を知っている人ならば「それは象のコマの動きではない」と反論する、ということです。
しかし、もともとのゲームを知らない人には適用しかねます。
やはり、通常通り「象という生き物は飛ぶことはない」という反論が、おおかたあてはまりそうです。
……馬は、相変わらず無視されていますが。

では、別角度でこんな解釈をします。

ラーフラは、象なんて一言も言っていない
本当は龍と言っている
ほかの人たちは、象だと受け止めているだけ。


『象(と思わせて実は龍)を飛ばした王子』?

いやいやいやいいや…………、そんな馬鹿な話はないでしょ?
しかし、これは案外ありなのでは、と思います。
なにせ、nāgaは象と龍(あるいは、蛇)の2つの意味を含んでいます。
チャトランガの元となったものは、戦争を模擬試行する目的です。
戦争をベースにする前提があると、nāgaを象とみるのは通常だと思います。
ラーフラは、nāgaを「象でもあり龍でもあるもの」と扱ってチャトランガの遊び方を考え続けたのではないか、そうとってもいいと思います。

実際、小説に書かれた「象」の単語を、ラーフラにかかわるところだけ「龍」と重ねて置いて読んでみると、また違った背景から読めそうです。


龍と象を同一視している?

このことをきっかけに調べると、いろいろ知ることができました。

中国のWikipediaをみると「龍象之争」という項目がありました。
龍は中国、象はインドで、両国間の政治・経済・軍事的な緊張をあらわすことばです。

一方で、「龍象(りょうぞう)」「龍象之力(りゅうぞうのちから)」という熟語があります。

【「意味」の引用】
賢者や徳の高い僧侶のたとえ。
水の中の竜や陸の上の象のように、他の生物より飛びぬけた力を持っているという意味から。
仏教語で「竜象」は、素晴らしい能力を持った象という意味から、学識や徳が人並み外れて高い僧侶のこと。

ラーフラは、父と対局しつつ問答をしたあとに、出家して父の弟子となります。
まさに自ら「龍象」となった、ということです。

ところで、仏教の著名人物に「中観」をとなえたナーガールジュナがいます。

「龍樹(りゅうじゅ)」はナーガールジュナの漢訳です。「龍猛(りゅうみょう)」とも書きます(龍猛は別人物という説もあります)。

ナーガールジュナは、ナーガとアルジュナの2つの単語からなります。
ナーガは、蛇(龍)、アルジュナはインド神話の『マハーバーラタ』に登場する武将(英雄)です。
このナーガを高僧の尊称として「龍象」をあらわしている、と考えてもおかしくないかもと思います。


さらに、奈良県に龍象寺があります。

【HPからの引用】
ちなみにこのお寺の「龍象」という名は「広大寺」に生息したとされる「巨大な龍」に由来するものとされ、お寺にある龍の絵から龍が抜け出して広大寺池で遊ぶといったユニークな伝説も残されています。

これらのエピソードを重ねてみると、龍も象も同じようにみていたのかも、と思います。


ドラゴン=象×蛇?

もっと妄想してみます。
西洋の竜、ドラゴンのイメージに象も関わっているのでは?と推測します。

現在のドラゴンのパブリック・イメージが確立したのは、恐竜、そして、TRPG『ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ』の影響が相当大きいようです。
ドラゴンの姿は、トカゲや蛇をモチーフとしており、象についての言及は殆どありません。
ところが、

象の鼻≒ドラゴンの頭から首
象の耳≒ドラゴンの翼

と連想すると、全くの的外れではありません。
象と蛇をかけ合わせたのがドラゴン(龍)、というのは案外おかしくないかも知れません。
なにせ、「nāgaってどんな動物なの?」って質問をしたら、答えが「象」の人もいれば「蛇」の人もいるでしょうから、ごちゃまぜになって結果、ドラゴンのイメージになっちゃいました……かも知れません。


で、次回

次回の呑記ですが、象に絡みまして『千年の虚空』にまた戻ってみます。

では。

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