見出し画像

ひかげのたいよう #15

 大学生になってから、バイトもして、路上やライブハウスで歌ったり、オーディションにも挑戦してきた。しかしどれだけ夢へ向かって進んでも、少しも理想に近づけていないのはわかっていた。現実と思い描く姿があまりにも違いすぎる。絶対夢を叶えてみせるとの自信が満ち溢れる一方で、こんな私が誰かの為の歌を歌うだなんて馬鹿げている、と自らを蔑んだ。常にこの両極端の感情に板挟みになっていた。その狭間で揺られているうちに、自分の気持ちがどこにあるのかがわからなくなってゆく。夢があると言っても馬鹿にされ、死にたいほど苦しんでいても手を差し伸べてももらえず、自分の意見に自信を持つことができなくなっていった。そうして私は、常に答えは他人任せにするようになった。だんだんと大学へ行けない日が増え、本当に消えてしまえたらと四六時中そればかり考えた。この世界から消えてなくなるまでは大学の単位も落とさないほうがいいかと思い、出席の代返を頼んだりもした。けれどある時、単位を取ることに必死になるくらいなら、死に方を考えるほうがよっぽど効率がいいことに気づいてしまう。それからは大学にも部活にも顔を出さず、友達とも、連絡がこない限り自分からはメールも電話もしなかった。こんな悩みを話したら友達をも巻き込んでしまう。大好きな歌と向き合う為の誠実さも失い、最後に残されたのは、誰かの為に生きたいという奇麗な心だけだった。これだけは失くさずにいたいと思った。最後の悪あがきでしかないんだろう。けれど、憎しみを抱いたままの最期なんて虚しすぎる。奇麗な心のまま人生の幕を下ろすには、醜い感情を吐き出す場所が必要だった。友達には言えない。歌も歌えない。そんな私の行きついた先は、大学までの通学路の途中にある川を見下ろすことのできる坂道だった。坂の途中のブロック塀に腰を下ろして、どれだけ時間が過ぎたかもわからないくらい、ただひたすら空を眺めた。誰も通らないその道で、毎日空に問いかけた。
「ねぇ、私って本当に生まれてこなければよかったのかな。」
 空は何も言わない。私を認めることもなければ、否定もしない。けれど時折、どこまでも続くスクリーンを彩って見せた。あまりにも美しい景色を見せられると
『ここから見てるよ。』
 そんな風に言われているような気がしてくる。
「私ね、叶えたい夢があったの。すごく大切な夢だった。でもね、私がいると世界が不幸になってしまう気がして、誰かの役に立てないのなら消えてしまいたい。」
 誰にも言えない想いを、空はいつだって受け止めてくれた。お前は必要ないと世界の隅っこに追いやられた私を、そっと抱き締めてくれた。
『全部知ってるよ。ずっと見てたよ。』
 そう言わんばかりに、空の彩りがまた姿を変えてゆく。そんなに優しい色を見せられたら、せっかく諦めがついたものも引き返したくなるじゃないか。ぶわぁっと涙が零れる。
「本当はね、もっと生きてたい。」
 声を出して泣いたところで、この道を通る人はいない。何も気にせずに思い切り泣いた。誰にも言えない本音は、空だけが知っている。このまま溶けて、空と混ざりあえたらどれだけよかっただろう。“生きる意味を失くした私”は、それでも必死に奇麗な色を魅せる空に、何とか生かされたのだった。
ーそう言えば、私一人いなくなったところで二酸化炭素が減るだけだって歌ってた人がいたな。
 その人の言うことが本当なら、私にも目の前のこの景色を愛する資格くらいはあるのかもしれない。そんなちっぽけな希望を胸に、誰にも届かない僅かな声で、また、歌を歌った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?