【映画所感】 死体の人 ※ネタバレなし
怪優、奥野瑛太を心ゆくまで愛でる映画
果たしていつ頃から、奥野瑛太を意識しだしたのだろう?
2020年初頭に劇場で観た、『37セカンズ』。
奥野瑛太は、女性用風俗の男性キャスト、というかセラピスト役だったはず。
“男娼”というチープな表現とは一線を画した役回りを、相手の想いに必要以上に踏み込むでもなく、突き放すでもなく、淡々と演じていた印象だった。
ワンシーンだけで、観客の気持ちとシンクロ。彼から放たれる衒いのない波動に、平常心ではいられない。
『37セカンズ』の衝撃以降、『罪の声』(2020)、『すばらしき世界』(2021)、『空白』(2021)、『激怒』(2022)、『グッバイ・クルエル・ワールド』(2022)など、何かしら引っかかる邦画には、ことごとくキャストされていたことに、今さらながら驚かされる。
反社から半グレ〜サイコパス、果ては新米刑事に、気のいい青年など。清濁併せ呑む勢いで、さまざまな役を粛々とこなしていく(ように見える)。
そんな怪優は、本作『死体の人』では、自身のキャリア史上最高にピュアな役柄を演じた。
しかも主演で。
売れない俳優・吉田広志(奥野瑛太)に舞い込む仕事は、来る日も来る日も死体の役ばかり。
根っからの生真面目さから、“死体”の役作りにも余念はない。
しかし、ほとんどエキストラと大差ない扱いに、悶々とする日々を送っていた。
ある日、広志はその“悶々”が昂じて、デリヘル嬢を自宅に招き入れる。
物語のキーパーソンとなるデリヘル嬢・加奈を演じるのは、唐田えりか。
“あの”唐田えりか。
どの……?
いろいろな憑き物を落としきった上での明け透けな演技は、彼女の完全復活の狼煙となり得るものだった。
ある意味、奥野瑛太以上のはまり役。
うれしい誤算はつづく。
広志の母親役の烏丸せつこ。
広志と母のやり取りは、ボディブローのようにじわじわと涙腺に効いてくる。
どんなことがあっても、おかんは息子を全力で擁護し応援する。
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まったくの私事だけれど、先日、今年のR-1チャンピオン・田津原理音の単独ライブを観に行く機会に恵まれた。
当日、会場ロビーには、公演祝いのスタンド花が大小いくつも飾られていた。その中にひときわ大きなものがある。
贈り主の名前を見てみると、しっかり「おかんより」と書かれていた。
ライブ冒頭、田津原理音が客席に声をかける。
「この中でぼくを産んでくれた人いますかぁ〜?」
客席中央付近から「来てるで〜」と忌憚のない返事。
会場がどっと沸く。つかみは大成功。
この一連の流れを見て、『死体の人』の烏丸せつこを思い出す。
いつ何時でも、母親は偉大だ。
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泣いて笑って生き抜いて、そして今日も死体となる。
脚本の妙と、奇蹟のキャストが揃ったことで、『死体の人』は生命の息吹を確かに獲得した。
広志が息を止めようとすればするほど、観客の鼓動は激しく高鳴る。
静かなる傑作は、こうして誕生した。