🇻🇳旅行記Ep.3 ソ連はまだ生きていた

＜前回のお話＞

　今回は、真面目にベトナムを捉えた結果、思い浮かんだ事を文章にしようと思う。

　ベトナム旅行全体を通じて強烈に印象を受けた事。
それは、街中の至る所に旧ソビエト連邦（以後ソ連と表記）の国旗が掲げられ、プロパガンダの広告を目にしたという事だ。
　ご存じの通り、今日ソ連という国家は存在しない。1991年にソ連は崩壊し、そこからロシアを含めた15の共和国が誕生した。これは、世界にアメリカとソ連という２つの超大国が君臨していた冷戦下から、現在のアメリカ一極体制への移行を加速させた要因の一つである。ソ連の崩壊は「資本主義」と「社会主義」の闘いが「資本主義」の勝利で幕を閉じたと捉える事が出来る。
　ベトナムの正式名称は「ベトナム社会主義共和国」である。すなわち、ベトナムは社会主義体制である事を意味し、これにはソ連が大きく関与している。この背景について語る上で欠かせないのが「ベトナム戦争」だ。
　ベトナム戦争を一言で言えば、当時南北で分断されていたベトナムのうち、社会主義を掲げ南北の統一を目指す北ベトナム「ベトナム民主共和国」と、その社会主義体制を掲げる政権を打倒したい、アメリカの支援を受けた南ベトナム「ベトナム共和国」の２つの勢力の争いである。ベトナム戦争は、アメリカが本格的に軍事介入し、北ベトナムへの爆撃を開始した1965年から1975年まで10年間にまで続いた。この戦争は捉え方によって多くの見方が出来る。当時、世界は冷戦下にあり北ベトナムをソ連や中国を始めとする社会主義陣営が支援し、南ベトナムをアメリカや韓国を始めとする資本主義陣営が支援したこの構図は、アメリカとソ連の代理戦争であると言える。また、南北ベトナムの統一をしたいベトナムと、社会主義体制の元、ベトナムが統一されるのを妨害したいアメリカの「2カ国間」で捉えると、ベトナム人の視点から見れば「抗米救国戦争」である。
　結果的にこの戦争は、アメリカ軍のベトナムからの撤退、南ベトナムの首都サイゴンの陥落によって北ベトナムの勝利として幕を閉じた。社会主義体制の元、南北統一後ベトナムの首都はハノイとされ、かつての南ベトナムの首都サイゴンはホーチミンへと名称が変わり今日に至る。
　その後もベトナムはソ連の影響を強く受けた。
　革命観や国際政治上の意見の違いといった背景からソ連と中国が対立を深めている中、ベトナムは親ソ連路線に舵を切り、親中国路線を取っていたポル・ポト政権下のカンボジアに侵攻した。その報復として中国がベトナムに侵攻し、中越戦争として中国とも戦争を重ねた。多くの犠牲を払った上でのベトナム統一後の度重なる戦争、国内での社会主義化を推し進めていく中での生産の停滞に伴う経済力の低下。時を同じくして経済が息詰まっていたソ連が1986年に「ペレストロイカ」政策を掲げ、計画経済を改め市場経済を導入すると、その10ヶ月後にはベトナムも続くようにして「ドイモイ」政策を打ち出し、市場経済の導入に踏み切った。その５年後、歴史上初めて誕生した社会主義国家「ソ連」は名実ともに姿を消した。

　「社会主義」は元々、１９世紀の産業革命下、富を蓄積していく資本家と、過酷な環境下で働き貧困に苦しむ事が多かった労働者の格差を縮小し、社会的な平等を追求するというイデオロギーとして台頭した。そのような社会主義の考えに基づきソ連は「計画経済」を推し進め、生産量、価格、給与といった全ての経済活動を国家が調整し、個人が自由に資本を持つ事を禁止した。それぞれの個人の能力に見合った生産を行い、同じ給与を受け取る。その結果、人々の経済的な格差は縮み、皆が平等な社会を築けると考えたのだろう。だが、これは失敗に終わった。
　「計画経済」は一見すれば、人々の平等を導く画期的な制度のようである。皆の給与が同じという事は、裏を返せば頑張っても頑張らなくても給与が変わらない事を意味する。言わずもがな労働者のモチベーションは低下していった。また、市場経済では競争が引き金となって、新しいアイデアや技術の開発が促進されるが、国家が商品の種類を決定する計画経済下でこのような競争は生じない。その結果、技術的な面で資本主義の国に大きく遅れを取る事となった。
　これらの事が背景となって、ソ連の「計画経済」は頓挫した。そうしてゴルバチョフ政権時代には市場経済を取り入れ、後に続くようにしてベトナム、ラオス、中国といった社会主義国も続々と市場経済を導入した。近年では2015年にアメリカとの国交を正常化したキューバも、社会主義を放棄しないと憲法に記されているものの、一部市場経済を導入し始めている。存在する社会主義国の中で市場経済を取り入れてないのは北朝鮮だけである。つまり、現存する197カ国の中、1カ国を除いて市場経済が導入されている。市場経済の導入により自由な経済活動が行われるという事は、経済的な格差が生じるという事を意味する。そこには平等は存在しない。純粋な社会主義を追求する国家は悲しい事に無くなってしまった。
　僕は、「社会主義」＝「縄文時代」、「資本主義」＝「弥生時代〜現在」と解釈する。縄文時代には狩猟や採集を生業とし、獲物がよりある地域へと移動しながら生活していた。しかし、弥生時代には大陸から稲作が伝わり、定住する生活様式へと変化していった。縄文時代には皆で協力して食糧を得ていた為、皆が同じ立場であったが、定住し稲作が行われるようになると、人々が分業し始めた。これによって、個人間での上下関係が生じ、支配する側とされる側が誕生した。
　経済的、社会的な平等を追求する「社会主義」は、皆が同じ地位であった縄文時代の社会体制を再び追い求めた結果、行き着いたイデオロギーのように思える。個人間での経済的・社会的な格差のある現代の社会体制を遡れば、原点は弥生時代の社会体制に行き着くのではないか。純粋な「社会主義」を追求していた国々達が散っていった事を鑑みると、人々が縄文時代に戻る事は無理があったようだ。皆が同じ地位で、同じような幸福感の中で生きる世界。そんな世界は今後、誕生する事はないのであろうか。資本主義に台頭するようなイデオロギーが生まれるか、注視してしきたい。
　ソ連が崩壊してから、32年。
地球上を「資本主義」が席巻する今日、「社会主義」を名乗る国は、中国、北朝鮮、ベトナム、ラオス、カンボジアの5カ国のみ。ソ連とその意思は、これら社会主義国の中に存在している。

ホーチミン3日目の夕飯も、例の如くブンチャーを食べた。
お店の外には、ベトナムの国旗と共にソ連の国旗が掲げられていた。
金の鎌と槌が描かれた、その真っ赤な旗が僕に語りかけた。
『俺はまだ生きている』と。

＜南部ホーチミンの料理屋さんの前にて。ベトナムの国旗と共にソ連の国旗が掲げられていた。＞

＜ハノイ市内の駅前の壁に描かれていたプロパガンダアート。右上にはソ連の国旗が描かれている。＞

＜ホーチミンで見かけた、プロパガンダアートの描かれたトラック＞

＜ハノイ初夜で食べた料理屋さんの壁に掛けられたポスター＞

＜次のお話＞