【短編小説風】追いコンって、追い出したくないからやるんだろ
「誠二、来るの遅い!」
扉を開けると、いつもの2人が待っていた。
健人と亮太。僕が大学で所属している広告研究部の同期だ。
「悪い悪い」
くすんだカーペット、劣化したモルタル壁、所々ビニールが剥がれているベンチ。
年季が入った部室は、味があるを超えてボロボロの域に入っている。
「さっさと決めちゃおうぜ」
健人はそう言いながらホワイトボードを運んできた。
これももうボロボロだ。
今日、同期で集まったのは先輩の追いコンの準備。
3人で企画会議だ。
「ダンス案はどうだ。韓流アイドルの曲を踊る」
亮太がクソみたいなアイデアを出した。
こいつは、高校の時ダンス部に所属していた。
自分だけいいとこ持っていく気だ。
「亮太、お前いいとこ持ってく気だろ」
健人鋭い。代替案を出せ。
「俺はバンド案を提唱する。スリーピースバンド組もう」
…そういえば、健人はギターが弾ける。
お前も美味しいとこ持ってくつもりか。
「俺、どっちもできないんだけど」
呟くと、健人と亮太がこちらを睨む。
「だったらお前が案出せよ」
まあそうなるよな。
しばらく考え、アイデアを出した。
「クイズ大会」
「つまらん」
「却下」
2人に食い気味に否定されると、さすがに落ち込む。
「誠二、お前はこの機会に先輩や後輩にモテたいとは思わないのか。
もっと俺たちみんなが美味しくなるような案を出せ」
亮太が真剣そのものの顔でクソみたいなことを言う。
「そうだぞ誠二。3人全員が美味しく、更にいえばその中でも俺が一番美味しくなる案を出せ」
健人がクソ具合で上をいった。
いつも一言多いんだよな、こいつ。
「じゃあ俺が導入の映像を編集して、バンド演奏とダンスを生披露するってうのはどう?
他にも楽器弾けるやつや踊れるやつはいるし、みんな巻き込んだ方が面白いじゃん。
目立ちたいならソロパートでも設けろよ」
とりあえず、全員が美味しい思いをできそうな案を思いついた。
「誠二、俺はわかってたよ…お前は天才だ。」
「これで俺たちのモテ街道まっしぐらが始まるな。
すぐ誰か連れ込めるように家を綺麗にしておこう」
バカ×2を丸め込むのは容易い。
「よし、じゃあ構成を考えるぞ」
そう言うと、健人と亮太が露骨にイヤな顔をした。
「そんな顔してもダメ。モテたいなら協力しろ」
「わかったよ」
こうして、ようやく具体的な打ち合わせが始まった。
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約2時間を経て、選曲や映像の流れは決まった。
「これでなんとかなるな」
亮太が気の抜けた顔で言った。
「撮影と編集あるし、一ヶ月は割とギリだぞ。
スケジュールしっかり組まないと」
亮太と健人は出た出た、と顔を見合わせる。
「誠二は映像のこととなると真面目だよなあ。
普段抜けてんのに」
「今日もちょっと遅刻してるしな」
いや、着いた時間はぴったりだったぞ。
お前らが来るの早いんだよ。
「得意分野で半端なもの出したくないんだよ。
…それに、先輩たちには楽しんでほしいだろ」
そう言うと、二人の顔が少しだけ真面目になった。
「まあ、そりゃそうだな。最後だし」
亮太が呟いたのは当たり前のことだったけど、その言葉になんとなく空気がシリアスになる。
付随するように、健人が言葉を重ねた。
「当たり前が当たり前じゃなくなるって、どんな感じなんだろうな。
…あと1ヶ月したら、先輩たちいなくなっちゃうんだろ。
それに、俺たちだってもう1年で引退だ」
健人が言ったのも、当たり前のこと。
でも、いざその時が訪れて。
僕らの当たり前が当たり前じゃなくなったら、その時はどう感じるんだろうか。
先輩たちが部室からいなくなるなんて、想像がつかない。
ましてや、自分たちがここからいなくなるなんて。
「…ほんとは、いなくなってほしくないけどな」
思わず、本音を漏らしてしまった。
すると、亮太が相変わらず何も考えてなさそうな顔で言った。
「誠二、お前何言ってんだ?
追いコンなんて、本当は追い出したくないからやるんだろ。
ずっとこんなのが続けばいいけど、そんなの無理だから。
だから、ずっと思い出せる楽しい思い出を作るためにやるんだよ」
「…亮太、お前たまには良いこと言えるんだな」
今日の本音Part2が出てしまった。
案外、一番バカそうなコイツが現実を直視しているのかもしれない。
「たまにはってなんだよ。俺は基本良いことしか言わない」
亮太は不満そうにしたけど、健人がこっちに加勢した。
「いや、いつもはほんと余計なことしか言わないけど。
今のは俺も感銘を受けたぞ。
感銘の"めい"、漢字で書けないけど」
お前、本当余計なことしか言わないな。
「そうと決まったら、準備だな。
俺はまずメンバーを集める」
亮太はバカだけど人望がある。
こいつがLINEグループを作ってくれるなら安心だ。
「俺は当日までの練習スケジュールを詰めるか。
誠二、映像の方頼むわ」
健人はいつも余計なことしか言わないけど、いざと言うときは頼りになる。
二人の様子を見て、僕は安心した。
明日のことなんて、考え始めたらキリがない。
だったら、今この時を楽しんだもの勝ちだ。
僕も、もう少し今を楽しむことにしよう。
先輩と一緒にいれる、この1ヶ月を。
こいつらと過ごせる、残りの1年間を。