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ギターのある暮らし#24 父とギターVol.2

父にギターを貸したのは…、そうそう半年以上前になるだろうか。

はじめの頃は、実家へ帰るたびに「練習してる?」と声をかけていたけれど、あいまいな言い訳を聞くのが嫌になったのもあるし、
なんとなく想像がつくので、ギター話はしばらくやめておいた。

年末、実家へ帰り、紅白歌合戦を見ながら、
「ギターやらないなら持って帰るけど、どう?」
とたずねると、
「いや、困る。やるやる。」
という父。

「じゃあ、もっと細い弦に替えるね。」
と、以前買っておいたYAMAHAの弦に交換した。


もともと張ってあった弦よりも細いので、おさえやすくなったはず。

父「お!音が違うなぁ。」
私「ちょっと軽い感じになったよね。」

そしてもう一度、一から構え方、指のおさえ方、練習方法・・・
「まずは音を鳴らせるようにならなきゃ、楽しくないよ!」
と繰り返し教える。
指のおさえ方の載ったコードブックもギターと一緒に渡してはある。

(この間も言ったよな・・・)
(さっきも言ったよな・・・)

なんてことは、心に閉まって。
だって、ギター弾くって楽しいじゃん!
誰かに責められるような事じゃない。

再度やる気を取り戻したかのように見えた父をみて、2024年は終わりを迎えた。


そして、ひと月と経たない、数週間後。

遠方にいる親戚の葬儀の帰り道、無音で運転する父に、音楽でもかければ?
と、何度か促し、
どんな音楽を聴いているのかと構えて待っていると、
流れてきたのは、元力士:増位山(ますいやま)が歌う演歌だった。

私「ギター練習してる?」
父「ボチボチ」

しっとりと歌い上げる演歌に耳を傾けながら、
これをギターで弾くのは、無理じゃないけど…
無理じゃないけど、なんか違うかも…

なぜ、父はギターを弾いてみたかったと言ったのだろうか?
父の妹たちは歌が上手い。
きっと、父も歌は下手ではないだろう(鼻歌以外聴いたことないの)。
たまたま、私のギターが押し入れにあったから、弾いてみたいと思っただけだったのかな。
時間はあるはずだと思うのだけど。

やはり弾いてみたいと思う曲がなければ、上達は難しいし、
音を奏でることが好きじゃなければ、毎日ギターを抱えて練習したりはしないだろう。
そしてやっぱり全く触った事がない楽器って、ある程度の期間は毎日やらなきゃ弾けるようにはならないよね?
もしくは天才なのかもって?

日によってちょっとずつギターは音色が違う。
(ちゃんと湿度や温度を管理出来る部屋じゃないからかも汗)

今日はどんな音かな?なんて鳴らしてみるのが楽しいのだけれど。
今のところ、そんなことは理解されそうもないので黙っている。

指が痛いながらも地道な練習をしていた頃を誰も見ていないので、
ある日ふと少し弾いてみせて、あなたは弾ける人、みたいになっちゃうのが何だか悲しいね。

何でも練習の上にしか成り立たないと思うんだよ。
きっと今弾ける人たちだってそう。
たくさんたくさん練習したんだよ。
そんなことみんな頭ではわかっているんだけど、自分事となるとなかなか練習出来ないのが世の常か。

私ももっともっと弾きたいけど、ジムのトレーニングも同じで、やるぞ!って毎日意気込んでたくさんやると続かない。
(ジムは週2で1時間くらい、それ以上は行かない。)
ぼちぼち、もうちょっとやりたいなくらいで終わることの方が実はちょうどいいのだ。



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