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四万十川ウルトラマラソン完走体験記⑤

(④から)
レース前日の高知入り。
現地は雨が降っていた。

航空機の遅れがあり、ギリギリ18時前に前日エントリーを済ませ、現地のホテルにチェックイン。
夕食を済ませ、翌日の準備をした。
ピザ、寿司。地元のスーパーで購入し、たらふく食べた。
明日、100㎞走る分のエネルギーを蓄えねばならない。

ゼッケンを付け、中間地点に持っていくもの。補給食などの準備物を入念に確認。
徐々に緊張感が高まっていく。
風呂に入った後、21時半頃に就寝。

翌日午前2時に起床。
2024年10月20日 日曜日 その日を迎えた。

前日購入していたおにぎりを頬張る。
ウェアに着替えて、ホテル1階に降りる。
ホテルで特別に用意して頂いている、バナナ、豚汁を口にする。

3時半には、荷物を持ち、スタート会場の「蕨岡中学校」行のバスに乗り込む。
ゼッケンを付け、シューズをまとった人が席を埋める。
スタート前の独特の緊張感が漂うバス車内。
車窓は暗く何も見えない。
山道にバスは進んでいく。20分程度でスタート会場に到着する。

バス降車後、秋のひんやりした、凛とした空氣が漂う。
暗がりの道。スタート会場横に松明が灯り、中学校のナイター照明が煌々と灯る。
ある意味、神聖な空氣と言えるかもしれない。

暗がりの道をバスから降り、一斉に歩く色とりどりのランナーたち。
仲間と明るく話し、氣持ちを高めていく者。
私のように、黙々と氣持ちを高めていく者。
付近の写真を撮る者。さまざまである。


更衣室となっている、中学校の体育館に入る。
攣り防止のマグネシウム。擦り傷防止のワセリンを体に塗り込む。
「100㎞ 持ちこたえてくれよ。」
「マメできるなよ。」
「攣るなよ。最後まで動いてくれよ。」

そう念を込めて、丁寧に塗っていく。

この脚が、体が自分を100㎞先のゴールまで運んでいくのだ。

パーンパーンと足をたたいて動き、感触を確かめる人。
ストレッチを入念に行う人。
イヤホンで音楽を聴き、目を閉じ氣持ちを高める人。
横になってリラックスして、スタートを待つ人。
ここでも過ごし方は様々だ。

静かだが、どこかピーンと張りつめた空氣、それが徐々に高まっていくのを感じる。
ライブの開演前の感覚のような。

異なる場所でそれぞれ1,600人がこの大会のために準備し、それぞれの思いでこのスタート地点に集まっているのだ。
だが、向かう先は同じゴール。
何か不思議な感情になる。

最後のウィダーインゼリーを飲み干す。
緊張がますます高まっていく。
これが100㎞の出走の4回目だが、こんなに氣持ちが昂ぶることは今までになかったと思う。
それだけ、俺はこの日に賭けてきたんだ。この日のために準備してきたんだ。
今回は何としても走り切りたいんだ。
そう思う。

時計の充電、ペース配分を再度確認する。
ポイントとなる時刻を油性マジックで腕に書き込む。

運動場は前日の雨でぬかるんでいるが、雨は上がり晴天になるらしい。
最高気温24度、最低気温18度。
温度変化が少なく、走りやすい気候になりそうだ。

徐々に外のグラウンドが騒がしくなってくる。
開会式典が行われるのだ。

私は冷静に準備に徹する。ポーチに入れ忘れがないか。
中間エイド地点への荷物に漏れが無いか。再度確認。

「行くぞ!!」
周囲の高まっていく喧騒の中、静かに心の中で氣合いを入れる。
スタート前、最後の水をそっと口に含む。
「力水」だ。

まだ5時30分のスタートまで20分以上あるが、式典を横目にスタート地点に向かう。

「今回だけはプロセスでなく、とにかく制限時間内の完走という結果を求めに行こう。」
そう思い、スタート地点の先頭の方に並ぶ。

前回は14時間9分だったが、スタート地点で3分のロスがあった。
ほんの3分だが、それが命取りになるかもしれない。
念には念を入れて。


スタートまであと15分、10分。時間が迫ってくる。
徐々にランナーも集まってきて、スタート地点付近が独特の熱氣に包まれていくのがわかる。
地元の方の太鼓の演奏の音と、自分の鼓動とがシンクロし氣持ちがどんどん高まっていく。
スタートまで5分。3分。それが最高潮に達する。

感情は高まるが、無に近い感覚になる。
「とにかくここまで来たら、自分に出来ることをやるだけや。」
そう。もうやるしかないのだ。

GPS時計を作動させる。起動音が鳴る。
他の人の時計からも、同じ音がエコーのように次々と続く。

スタート地点から真っすぐ伸びていく道。
暗がりの先にうっすらと明かりがのび、緩やかな下り坂になっているのが見える。
夜明け前。ぼんやりと辺りの山の稜線が見えている。

スタートまで1分を切った。
30秒前

「ON YOUR MARK」

スターターのこもった声が、メガホンから響く。

一瞬、静寂に包まれる。

「パン!!」号砲が響く。

タッタッタッタッ…

静寂は破られる。

闇の中一斉に足音が鳴る。
ゴールに向かって一斉にランナーが駆け出す。
100㎞の旅が始まった。
(→続く)

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