日本全国どこかに弾丸旅 2.広島
時はセントレア・伊勢への弾丸旅行を終えた翌日朝6時。
私は再び羽田空港にいた。
2日連続の日帰りどこかにマイル旅である。
昨日羽田を出てから、その間わずか7時間。
どう贔屓目に見てもおかしなスケジュールである。
しかし、先日不注意で数万マイルを失効させてしまうという大失態をやらかした私はもはや無敵の人だった。
貯蓄を続けて、それを使うことなく辞世の時を迎えるのはこんな気分なのだろうかと思った。
貯めた物は使ってナンボだ。
というわけで、2日連続2度目のチャレンジとなった、この日の候補はこの4箇所だった。
相変わらず西寄りの候補地だったが、これで申し込む。
その結果選ばれたのが
広島であった。
広島へ行くのは大学時代以来だろうか。
ある程度の王道観光の経験はあるが、改めて再訪するのも悪くない。
そんなわけで広島へやってきた。
広島空港は広島市街から離れた三原に位置している。
リムジンバスに乗ること約1時間。広島市街へとたどり着いた。
私が搭乗したのは7時5分の早朝便だった。広島市街についてもまだ時刻は9時台だ。
とりあえずまだだった朝食をとることにしよう。
モーニングサービスをやっている喫茶店を探して入った。
激シブの喫茶店でモーニングをいただく。
デニッシュタイプのトーストが美味だった。
今でこそ生クリームを大量に使った高級食パンが流行り、そして廃れつつあるが、私が子供の頃高級食パンとして一時期デニッシュタイプが流行したことを思い出す。
この甘さとサクッとした食感は定期的に食べたくなる。
そういえばデニッシュトーストといえばボロニヤだが、なぜデニッシュ(デンマーク)なのにボロニヤ(イタリア)なのだろうか。
調べたところによると、元祖デニッシュトーストを産んだ祇園ボロニヤを経営する食品会社が、元々ボロニアソーセージで人気を博していたことから、新たにオープンするパン屋の屋号としたため、チグハグなネーミングとなっているそうだ。
こうしてこの世界にまた一つ新たなトリビアが産まれた。
それはさておき、観光へと向かう。
やはりまずは原爆ドームへ。
広島県産業奨励館として親しまれていた建物の、ほぼ真上で爆発した原子爆弾は、広島の街を一瞬にして灰へと変えた。
その凄惨さを今に伝える建物は、1996年に世界遺産登録され、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所などとともに負の世界遺産とも称されている。
また、原爆ドームから道路を挟んで反対側には旧広島市民球場跡がある。
1957年の完成から広島東洋カープの本拠地として利用されてきた球場は、現在はHIROSHIMA GATE PARKとして憩いの場になっている。
あまり球場を思わせるモニュメントは多くなく、入口近くの記念碑がそれを伝えるのみである。
以前広島には叔父が住んでおり、叔父の家に遊びに行った際、叔父は市民球場へ連れて行ってくれようとしていた。
しかし、幼かった私は従兄弟が持っていたゲームのほうが楽しく、結局球場に行くことはなかった。
今思えば、市民球場で観戦する唯一のチャンスであっただけに、もったいなかったと後悔の気持ちが去来する。
なぜあの時、どうせ一晩でクリアできるはずのないドラクエ5を選んだのだろうか。主人公は少年のまま、私の冒険は幕を閉じた。
この後、更に平和記念公園をうろつこうと考えていたが、ここで雨脚が強くなってきた。
予報によれば通り雨らしいが、しばらく続くようだった。
そこで予定を早めて市電へと乗り込むことにした。
市電に乗り込む。
近くにいた大学生の女子2名と、理解ある先輩ポジを築きたいサークルOBと思われる男子1名の会話を小耳に挟みながら揺られること1時間と少し。
市電は宮島口へと到着した。
目指すはもちろん宮島だ。
船で10分。ようやく宮島へと到着した。
到着する頃にはすっかり天候は回復し、雨上がりの蒸し暑さを纏った空気が私を歓迎した。
宮島といえば厳島神社であるが、そもそも宮島とは町名であり、島自体の正式な名称は厳島である。
古くは島そのものが御神体と考えられ、信仰の対象になっていたと言われる。
そんな宮島は江戸時代前期の儒学者林春斎が自らの著書で、松島および天橋立と並んで取り上げたことから、日本三景の一つとして、我が国を代表する名勝地となっている。
宮島を日本三景たらしめるのは、やはり鳥居の存在が大きいだろう。
海上にそびえる高さ16mの大鳥居。
その驚くべきは、地中に埋まらず自立しているということだろう。
約60tあるというその重さだけで、再建以来約150年、あらゆる波風に耐えてそびえているそうだ。
参拝は、神社南西の入り口から東部出口に向かって一方通行のルートになる。
本殿に向かう朱色の回廊を歩み進めていく。
すると中央部には本殿が位置する。
そこから海に向かっては、舞楽を奉じる高舞台が立ち、平清盛が伝えたとされる舞楽が現在でも年に10回程度奉納されるそうだ。
そこからさらに先に歩みを進めると、海に突き出た火焼前という部分にたどり着く。
ここはかつて船での参拝者を誘導する火を灯したところと言われ、正面の鳥居を遮るものがないため、行列の絶えない人気記念撮影スポットである。
こういうスポットは一人旅の人間とは相性が悪い。
みなグループでの記念写真を撮ろうと列に並ぶ中、ただ風景を撮るために時間を使うのは若干気後れがするし、かといって突き出た地理特性上、端の方にさり気なく位置取って、グループの入れ替わりの合間を狙って撮影するということも行えない。
なので悲しいかな、どうしても独り者はこういうアングルでの撮影を余儀なくされるのである。
気を取り直して出口へと向かう。
出口直前には立ち入りを禁じられた橋がある。
何人たりとも渡らせまい、という明確な意志を感じるこの急勾配な反橋は、天皇の使者のみが渡ることを許された専用の橋である。
あまりに急勾配なため、実際に使者が渡る際には中央に臨時の階段が設けられたそうである。
行き過ぎた配慮が実用性を損ねるいい例である。
かくして神社の参拝を終えると、五重塔へ続く階段を登る。
雨上がりの瀬戸内の蒸し暑い空気が全身を襲い、汗だくになりながらも歩みを進める。
目指すは五重塔に隣接する豊國神社である。
またの名を千畳閣ともいうこの神社は、1587年に豊臣秀吉が建立した読経所である。
秀吉の死去により未完成に終わっているが、読経所としての機能は有され続け、明治時代の神仏分離令に伴って豊臣秀吉を祀る神社となっている。
千畳の名の通り、広々とした板張りの床が広がっている。
夏の時期、この場所はとても良い。
壁のない広間を風が通り抜け、暑さにやられた体を冷やしてくれる格好の納涼スポットだ。
また、縁側から外に目をやれば、眼下に厳島神社を臨む。
なんならビールをあおりたい、という不埒な思考が頭をよぎるほど、疲れた体に優しいスポットであった。
こうして参拝を終えたら、参道の街歩きだ。
ご当地の宮島地ビールを物色して、
大鳥居を臨む海辺でいただく。
なんと贅沢な夏休みだろう。
食べ歩きに特化した広島名物もみじ饅頭、揚げもみじと共にいただく。
このときの私は夏休みが永遠に続くかのような錯覚に囚われていた。
夢が覚めるのはその数日後の話である。
なおも島内を物色する。
片手にはレモンサワーである。
1杯飲めば、おかわりが200円だという。当然2杯飲んだ。
歩きまわりながら2杯目を半分ほど飲んだ頃、突然獣に襲われた。
神の使いとされる鹿である。
私は宮島と並び鹿の生息地として知られる奈良県に在住歴があるので、鹿の行動はある程度把握しているつもりだったが、レモンサワーを飲むとは知らなかった。
もっとも相手は神の使いである。
神が「これ以上呑むなかれ」と啓示を与えに現れたのかもしれない。
そろそろ去るときか。
帰りの船に乗ることにした。
こうして再び本州へと戻ってきたが、広島市内に戻る前にもう一つやり残したことがある。
牡蠣と並ぶ宮島の名産あなごめしだ。
元祖だという老舗の店に入る。
とうにピークタイムも過ぎているというのに、着席を待つ人でごった返していた。
30分ほど待ってようやく席に通された。
せっかくなので、ここはやはりケチケチせずに特上を行くべきだろう。
そして見逃してはいけないのが右から二番目である。
冷酒一口120円。頼まざるを得ない。
あのときの鹿は、これを見越してこれ以上呑むことを止めさせたのか。
神に感謝し待つことしばし。
お目当てのブツがやってきた。
しっかりと焼き上げられたアナゴと日本酒は最高の組み合わせだった。
しかし、予想以上の混雑に時間を使い果たしてしまい、広島市内に戻った頃には、空港に向かわなければならない時間に近づいていた。
僅かな時間で、広島カープの現本拠地、マツダZoomZoomスタジアムを見物すると、すぐさま空港へ。
〆に広島県産ウイスキーである戸河内のハイボールをいただくと、
今日も今日とて遅延する飛行機に乗り込み広島を後にした。
こうして2日連続のどこかにマイル弾丸旅は終わった。
しかし悪魔は私に囁いていた。
「2日も3日も変わらないではないか」
と。
本当ならば翌日もどこかにマイル旅をしようと思っていた。
しかし、残念ながら目的地の候補が表示されることはなかった。
どこかにマイルは、マイル交換のできる座席に一定以上の空きがなければ予約することができない。
そして、1つの旅程が確定するまでは次の旅程を予約することができない。
なので予約確定を待ってオタオタしているうちに、席が埋まってしまったのだろう。
下調べの時点では北日本を中心とした候補地が出ていただけに残念だ。
連続弾丸旅は2日で終わりを告げることとなった。
ゆっくり宿を取って楽しめば、もっと様々な魅力を感じることができるだろう。しかし、これくらい慌ただしい方が私の性にはあっているのかもしれない。
幸いまだいくらかマイレージは残っている。
また、きっとそう遠くないうちに3度めのチャレンジは行われるだろう。
その日が少しでも近いことを信じて、
私は今日も労働に精を出す。
最後までご覧いただきありがとうございました。