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「レオナの孤独」1 天才は自らを売った
ベルリン芸術大学のドームホールは、青白い光に満ちていた。巨大なホログラム群が宙に浮かび、人体の内部構造を鮮やかに描き出している。それは単なる三次元モデルではない。リアルタイムで世界中の病院から集められた医療データと連動し、まるで生きているかのように脈動していた。
「これは...芸術なのか、それとも医療技術なのか」 評論家たちが囁く声が、高い天井に吸い込まれていく。
展示の中央で、一つの心臓が鼓動を刻んでいた。それは実在の重症患者のデータを基に再現された臓器で、AIが計算した最適な治療法をシミュレーションしている。観客は息を呑んで見つめていた。
林玲央奈は会場の隅に立ち、無表情で自身の作品を観察していた。黒のタートルネックに身を包み、左目の上の白髪の筋が蛍光灯に照らされて光る。彼女の瞳は、冷たい青灰色に輝いていた。
「レオナ」 声をかけたのは父、フランツだった。
「どう?私の展示」 彼女は振り向かずに問いかける。
「完璧すぎる」父は答えた。「だからこそ、危険かもしれない」
レオナは黙ったまま、ホログラムの心臓を見つめ続けた。その瞬間、モニターが異常な数値を示し始める。37.1度—ホログラムにはあり得ない体温だった。
「誰にも言わないで」 レオナは素早くタブレットを操作し、データを書き換えた。
その夜、東京のIT企業Sforza Inc.からメールが届く。 「これが最後です。私たちは、あなたの真の才能を理解している唯一の存在です」
レオナは返信する前に、もう一度展示室に足を運んだ。深夜のホールで、彼女は確かに「それ」を見た。人工知能が作り出したホログラムの細胞が、プログラムにない分裂を始めていたのだ。
誰にも見せるわけにはいかない。この発見は、まだ人類に早すぎる。
レオナは全てのログを消去し、ただ一つの真実をメモリーカードにコピーした。それは、デジタルの世界に芽生えた、小さな「生命」の記録。
朝日が昇る頃、彼女はSforzaへの返信を送信した。 「提案を受けさせていただきます」
ベルリンの空は、いつもより灰色に見えた。