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カールマルクスが渋谷に転生した件 21 マルクス、都知事選に挑む!(前半)
マルクス、うっかりしてた
「おや?」
マルクスがスマートフォンの画面を覗き込む。Das Kapital TV最新回のコメント欄が賑わっていた。
『渋谷再開発の回、マジ勉強になった』
『他の地域でも同じ問題あるよね』
『誰か都知事選に出てくれないかな?こういう視点の人』
「都政か...」マルクスが髭をいじる。「確かに我々の活動も、結局は行政の壁に阻まれることが多いな」
「そうですね」木下がデータを見せる。「チャンネル登録者の3割が都内で、特に行政批判の回は異常な再生数です」
「あ、アンチテーゼの新作も」ケンジが別の動画を再生する。
『最近の都政って、どうなってんすか?』
『そりゃもう、外苑再開発に環境問題に...』
『なんとかしてよ!』
『できませんよ、都知事じゃないんですから』
『せめて、誰か候補者を...』
「誰か、か」マルクスが考え込む。
「都知事選はもう半年後です。当面の目標の区議会選はまだ先なので…」さくらが提案する。
「いっそ私たちで候補者を擁立するとか」
「ただ」木下が首をひねる。「誰が...」
一同、黙り込む。
「私は無国籍だ。理論家として支えるとして」マルクスが髭をなでる。「実践部隊として相応しい人物を...」
「まあ、さくらが...」
「30歳以上じゃないと」木下が選挙法を確認。
「えっ」さくらが驚く。「そうなんですか?」
「知らなかったの!?」ケンジが突っ込む。
「じゃあ木下が?」
「えーと」木下が観念したように。「実は私、まだ28歳で...」
「なに!?」マルクスの髭が震える。「なぜ今まで誰も...」
「いやー」ケンジが焦って。「確認するの忘れてて」
「忘れるな!」マルクスが声を荒げる。「これは重要な...」
「まあ」さくらが諦めたように。「マルクスさんが国籍取得するしか」
「む?」
「いいかげんカッコつけてないで」ケンジが吹き出す。「理論家として〜とか」
「そもそも」木下が真面目な顔で。「外国人参政権の問題も、現代社会の重要な論点ですよね」
「ふむ」マルクスが考え込む。「確かに民主主義における市民権の問題は...」
「話が逸れてます」さくらが制する。
「というか」木下が計算する。「国籍取得まで最短で1年。間に合いませんね」
重苦しい空気が流れる。
マルクス、白羽の矢を立てる
「あ」さくらが突然顔を上げる。「西野准教授は?」
「うん?」
「環境経済学の...」
「おお!」マルクスの髭が希望に震える。「あの理論家か!」
「環境経済学...」木下が考え込む。「確かにいま話題の再開発問題も、環境面から切り込めますね」
「それに」さくらが興奮気味に。「前に講演で『環境のために、資本主義社会を見直す必要がある』って...」
「ほう?」
「先生の論文読んだことあるんですけど」木下が説明を始める。「今の行政って、環境対策を名目に、実は大企業の利権を...」
「よし、行くぞ!」
マルクスが突然立ち上がる。
「え?」
「今すぐ西野准教授のもとへ!」フロックコートをはためかせながら。
「ちょ、ちょっと」さくらが慌てて。「アポも...」
「革命に予約は必要ない!」
「いや、必要です」全員で制止。
「むむ」マルクスが髭を落とす。「では、さくら。準教授の予定は?」
「えっと」さくらがスマホを確認。「今日は環境経済学の講義が...あ」
「なんだ?」
「ちょうど休み時間です」
「好機!」
大学の研究棟へと急ぐ一行。
だが、研究室の前で足を止めるマルクス。
「どうしました?」ケンジが不思議そうに。
「いや」マルクスが珍しく慎重な様子。「やはり理論家同士、礼を尽くさねば...」
マルクス、口説く
「マルクス先生」
研究室のドアを開けた西野准教授の目が輝く。「こちらにご用件とは珍しい」
「西野准教授」マルクスが頷く。「『環境規制における制度的矛盾』、感銘を受けました」
「過分なお言葉です」西野が深々と頭を下げる。「先生の理論なくしては導き得なかった結論です。特に商品物神性の環境問題への応用は...」
「いや、むしろ准教授の分析こそ」マルクスが身を乗り出す。「現代資本主義における環境政策の欺瞞性を見事に暴いている。形式的な規制が、いかに実質的な搾取を隠蔽しているか」
「ありがとうございます」西野の表情が引き締まる。「実は都の環境アセスメントの最新データを分析していて、これが...」
「准教授」マルクスが真剣な眼差しで。「理論を、実践に移す時ではありませんか」
「え?」
「都知事選に」
西野の表情が凍る。
「いや、それは...私はただの学者です。理論家として...」
「准教授の論文を拝読して」マルクスの髭が震える。「特に結論部の『制度設計の抜本的改革なくして、環境問題の解決はない』という指摘」
「あ、あれは理論的な...」
「いいえ」マルクスが立ち上がる。「あれは行動の指針です。実践なくして真の理論なし。これは准教授ご自身が示された結論では?」
「いや、しかし」西野准教授が動揺を隠せない。「私の論文はあくまで理論的考察であって...」
「准教授」マルクスの声が低く響く。「ご自身で書かれたではありませんか。『現代の環境政策は、資本の論理に回収され、形骸化している。これを打破するには、理論と実践の弁証法的統一が不可欠である』と」
「それは...」西野が言葉に詰まる。
「そして」マルクスが畳みかける。「『このままでは取り返しのつかない環境破壊が進行する』とも」
「ええ」西野の表情が曇る。「実際、都の再開発計画における環境アセスメントのデータを分析すると、明らかに偽装が...」
「ならば!」
「マルクス先生」西野が苦しそうに。「仰る通りです。でも私には政治的な...」
「准教授の理論は、机上の空論ですか?」
研究室の空気が凍る。窓から差し込む夕日が、ホワイトボードの環境モデルの図表を赤く染める。
「いえ、違います!」西野が思わず声を上げる。「私の理論は現実を変えるための...あ」
マルクスの髭が、かすかに勝利の微笑みを漂わせる。西野の視線が、机上の論文から窓の外へ。かつて木々の生い茂っていた場所に、新しいビルが建ち始めている。
「昨日も」西野が呟くように。「ゼミの学生が言っていました。『先生の理論は素晴らしい。でも、このまま論文だけで終わるんですか?』と」
沈黙。
「マルクス先生に、そこまで言われては...」西野が深いため息。「分かりました。理論家としての、責任を取らねばなりませんね」
「おお!」さくらが思わず声を上げる。
「ただし」西野が眉をひそめる。「Das Kapital TVの理論対談は構いませんが、TikTokコラボとかは勘弁してくださいよ?」
「な、なぜだ!」マルクスの髭が驚きで逆立つ。「あれほど若者に影響力のある...」
「理論家として」西野が毅然と。「ダンスは...その...」
「まあまあ」木下が慌てて取り繕う。「政見放送もありますし」
「むむ」マルクスの髭が複雑に揺れる。「理論家の矜持、か...」
研究室の外では、重機の音が響いていた。