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ノーマン「歴史の効用と楽しみ」との出あい

社会人になって間もない頃、出張が続き、職場の席が暖まらない毎日を送っていた。電車や新幹線、飛行機のお供には、いつも数冊の本があった。出張先では必ず、ホテル近くの書店を探し、本を買って帰った。
老若男女のライフヒストリーを取材し、記事にする仕事であったが、三百人ほどとお会いしてきた。数時間の取材後はどっと疲れて、ホテルの外で夕食をとる気力はなく、だいたいは館内のレストランでとった。

そんなお疲れの移動時間には、ライトな新書を好んで読んだ。中でも、新幹線の席で読んだ津野田興一『世界史読書案内』(岩波ジュニア新書)は記憶に残る一冊。本書は高校教師である著者の世界史授業のプリントがもととなっている。九十二冊を見開きで一冊ずつ紹介しており、興味を持った箇所から気楽に読めるし、選書も『コーラン』『石橋湛山評論集』があれば、漫画『石の花』もあり渋い。

この本で、E.H.ノーマンというカナダの歴史家にして日本研究者、外交官を知った。「歴史の効用と楽しみ」というエッセイを長く引かれている。とともに、彼の生涯を知って受けた衝撃は、このエッセイが収録されたクリオの顔 歴史随想集』(大窪愿二編訳、岩波文庫)を古本で買うに余りあるものだった。
「歴史はいったい何の役に立つのか」と冒頭で問い、正面から答えているが、短文なのであまり引用する必要もないだろう。

最後に、もっぱら歴史を読むことによって不思議な喜びを感じることができるという理由からだけでも、歴史のために弁じたいと思う。
しかしこの際私は一つの警告を発したいと思う。すなわちわれわれは一つの時代ないしは人物に興味を感じた場合、その方面での最高の権威によって書かれたものを読むまでは、第二流の権威または通俗物語級のものを読まないことである。といっても、決して学問的にお高くとまることを奨励しようというものではない。……人は往々不幸にも好い加減な著作を読んだばかりに、興味を感ずべきものに興味を感じなくなってしまうことがあるものだからである。
……歴史の研究は多くの人びとにとって、休息であり、娯しみでありうるとともに、それは結局最も教化力の大きな習慣であると私は確信する。人間はもし歴史をもたなかったら、動物と大差のない生活を送らなければならないであろう。

(前掲「歴史の効用と楽しみ」、『クリオの顔』から)

平易な文章でありながら、歴史の効用と楽しみを見事に言い当てている。また『世界史読書案内』の選書は、このノーマンの指摘にそぐわないものではないと思う。久方ぶりにこの二冊を手に取っているが、自分の人生を含め、歴史の「効能と楽しみ」は、歳を重ねないと見えてこないものがあると痛感する。

冒頭の話に戻れば、『世界史読書案内』を手にしなければ、おそらくノーマンという人物を知ることはなかっただろう。新書の効能は、いきなり硬派な文庫に手を出すモチベーションが足りない時にも、新書で興味を増したり予備知識を蓄えるといった、スプリングボードの役割があるようだ。実際、岩波ジュニアちくまプリマーは、読者の関心を引くような仕掛けが施されている。

私自身、高校の地理・歴史の教員免許を取得しているが、研究のみならず教材研究や教授法に関心があり、新書のような表現方法を好むのかもしれない。■

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