桃源郷みたいな中華料理店のこと
天国の食べものみたいな酢豚を食べた。
きっかけは、大阪でおいしいものを食べたいときいつも頼りにさせていただいている佐久間ゆいさんの、こちらの記事。
有料ですが、間違いなくおいしいお店がぎゅっと詰まっているのでぜひ。
(メンバーシップは月162円という破格です)
***
JR環状線、天満駅からほど近いその店は、開店直後なのにカウンターにお客さんが鈴なりだった。予約しておいてよかった、と思いながらスツールによじ登った目の前には、スパイスの瓶や大皿にこんもり盛られたぴかぴかの野菜。ごろんと大きな椎茸や、私の親指より太い、立派なアスパラガスに目を奪われる。
どうしよう、ここのお料理、絶対美味しい。
まさにおいしいものを求めてきているはずなのに、一瞬たじろいでしまうくらいの圧倒的なおいしそうさである。
お料理のラインナップがまた素敵。メインのカテゴリとしては間違いなく中華で、目の前に並ぶスパイスの数々や調理場に見える巨大な鉄鍋からは本格派の匂いがぷんぷんするのだけれど、メニューに書かれた料理名からはそれだけにとらわれない遊び心が立ち上る。「金柑レーズンバター」とか。「チャーシュークロックムッシュ」とか。「本マグロ アボカド 梅肉なめろう」とか。
ぜ、全部食べたいぞ。
まだ一品も注文していないのに、思わず隣の夫と「また来ようね」と囁いてしまう。
来ようと思えば何回でも来られる、と確認するとようやっと落ち着いて、「今日食べるもの」を決めることができた。
まずはすぐ出そうなものを、と頼んだルーロー玉子。
肉味噌みたいなものが掛かっているのかな、と予想していたら、しっかりした歯ごたえの粗挽き肉と、じゅわっと湧き出る椎茸の旨味に度肝を抜かれた。硬茹でのたまごとの相性はいわずもがな。名前の通り、きちんと丁寧に作られたルーロー飯から「飯」を抜いておつまみにしてくれたような様子なのだ。酒飲みの夢を叶えてくれている。
続くぼんじりれんこん麻辣炒めは、香ばしくもぷりぷりじゅわじゅわのぼんじりと、さくさくの蓮根の食感が楽しい。あっという間にビールがなくなる。
次は紹興酒と一緒に、牛バラと松茸の春巻。……牛バラと、松茸の、春巻。え、そんなこと、してしまっていいの……?
まあいいか、おいしいから。いやほんとにおいしいんですよ。ザクザクの皮に旨味たっぷりの牛バラの細切りと、その味を存分に吸った春雨。ひとくち齧って噛みしめれば、青くすがすがしい松茸の香りがじんわりと染み出して鼻に抜ける。こんなことがあっていいのか。
そして白眉は「角煮とイチジクの黒酢酢豚」。
角煮と? 無花果の?? 酢豚???
角煮は角煮であって酢豚ではないではないか。で、そこに、無花果??
何もわからないけれど絶対美味しいという謎の確信のもとに注文。
差し出された一皿は、私の知っている酢豚ではなかった。まず、お肉の様子がおかしい。一口大の揚げた豚肉を想像していたら、出てきたのはまさに角煮。拳ふたつ分くらいはありそうな塊肉が、お皿の真ん中にどーんと乗っている。
そして酢豚といえば赤青のピーマンや玉ねぎ、筍といった野菜類が炒め合わされているのがほとんどだと思うのだけれど、この酢豚の付け合せはすべて果物。メニュー名に入っている無花果のほかにも、マンゴーやパイナップルの黄色い果肉がつやつやと光っている。
取り分け用についているスプーンをおそるおそる差し入れると、柔らかく煮込まれた塊肉はあっけなくほろほろと崩れていく。とろとろの豚肉にコクのある黒酢たれがからんで、口の中に「おいしい」が充満する。
そして果物! 酢豚に入っているパイナップルが許せるか許せないかという論争は太古からあるようだけれど、この酢豚においてパイナップルはメインのひとつである。肉を柔らかくするための舞台装置ではなくて、立派な主役。
いったい私は「果物が入っている惣菜」が好きだ。レーズンの入ったキャロットラペとか、柿のサラダとか。嗜好品として認識していたものが「おかずです」という顔をして出てくると、そこにとんでもないご馳走性を見出してしまう。
で、酢豚に添えられた果物たち。加熱されたマンゴーや無花果は信じられないほど甘く柔らかく、艷やかなたれに今にも溶け出しそうで、もはや半固体という風情である。パイナップルはわずかに残った歯ごたえと豊富な果汁が健気。どれも熱されているせいかもともとの果物の質なのか、溢れんばかりの香りと甘やかさを放っているのに、いざ噛みしめると果実特有のさわやかな風が吹く。
とろとろのお肉と一緒に食べるともう、天国の食べもののようだった。それも西方の天国ではなくて(あそこで出てくる食べものはもっとこう、淡白な香りの良い、乾いた砂糖菓子のようなイメージがある。薄荷パイプみたいな)、桃源郷で天女が口に運んでくれる食事とか、山中異界で咲く花から取れる蜜とか、そんなたぐいの。過剰なのだ、香りも、味も、食感も。でもちっとも嫌ではなくて、もっと欲しくなってしまう。そんなところも昔話にでてくる、不思議なご馳走に似ていた。
本当は〆に炭水化物まで食べたかったのだけれど(油かすと九条ネギの炒飯……!)、欲望のままに脂っこい肉料理ばかり注文しすぎて、流石にギブアップ。次来るときはもう少し野菜とか、魚介類とかを頼んで、炒飯にありつきたいな。