【詩】葦の思い出
沼のほとりに花が咲いた
燃えるように赤い、大輪の花だった
花は日を浴びながら自ら光を放ち
辺り一面を神の使いのように照らした
葦は歓喜した
草も土も沼の水面も明度を増して
世界はたったいま生まれたかのように美しかった
葦は浮き立つ心で
これからどんな素晴らしいことでも起こり得ると
信じて疑わなかった
やがて花は枯れて散ったが
世界は変わらず光り輝き
花の美しさを心に留めて
葦の歓喜は溢れ続けた
しばらくして、また
沼のほとりに花が咲いた
今度は薄紫色の、少し小ぶりの花だった
可憐な花びらは竪琴の音色を放ち
辺り一面、天女の清らかさで満たされた
葦は昂揚した
草にも土にも沼の水面にも音色は降り注ぎ
世界は生の幸福に目覚めて踊った
葦は全身で喜悦を浴びて
これからどんな暗黒が訪れても
この音があれば生きていけると思い込んだ
やがて花は枯れて散ったが
世界は変わらず幸福に踊り
花の音色を心に鳴り響かせて
葦の昂揚は沸き続けた
しばらくして、また
沼のほとりに花が咲いた
今度は黄色の、鮮やかな花だった
花は甘く涼やかな香りを放ち
辺り一面を希望の色と香りで幻惑した
葦は、歓喜と昂揚が条件反射的に
ちらと起こるのを感じた
草も土も沼の水面もぴくんと反応したものの
世界はたいして希望に染まらなかった
葦の、ちらと起こった歓喜と昂揚は
すぐさま萎んで
未来への根拠なき信頼は立ち上がらなかった
やがて花は枯れて散り
世界はまた無表情に回り続け
花の色も香りも何事もなかったように
葦の心は平坦だった
それからも色とりどりの花が咲き
それぞれに美しくはあったが
葦はもう、歓喜も昂揚も爆発せず
あるいはちらと起こったとしても
もはや歓喜も昂揚も持続せず
そんな生の世界を生きていた
そういえば、昔々は
ただ大きな花が咲いただけで、世界は輝き心沸き立ち
ただ可憐な花が咲いただけで、至福の音が天から聞こえ
生きる喜びが満ち溢れたこともあったような……
そんなことを何となく思い起こしてはみるが
葦はもう、あの頃の歓喜も昂揚も、生々しくは思い出せない
遠い昔の、あれはいったい何だったのだろうかと
いまとなっては、冷めた心で首を捻るばかりであった