【読書感想文】世界のハルキ・ムラカミによる、深入りできない大人たちへ捧げる愛
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』あらすじ
多崎つくる、鉄道の駅をつくるのが仕事。
名古屋での高校時代、四人の男女の親友と完璧な調和を成す関係を結んでいたが、大学時代のある日突然、四人から絶縁を申し渡された。
何の理由も告げられずに――。
死の淵を一時さ迷い、漂うように生きてきたつくるは、新しい年上の恋人・沙羅に促され、あの時なにが起きたのか探り始めるのだった。
全米第一位にも輝いたベストセラー!
(村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』レビュー!より)
主人公のつくるは、4人の親友たちに拒絶されたことがひどくトラウマになっている。
それ以来、彼の自尊心は底をつき、人と深い仲になるのに臆病になってしまった。
……わかる!😥
私も自己肯定感が低く、自分が心を許した人に突き放された経験がある。
傷付くくらいなら、裏切られるくらいなら、最初から近付かない方がいいと考える気持ちもよくわかる。
それに、このような経験が何度も続くと、人間の学習能力や防衛本能が働き、人間関係に対してシニカルな態度をとりたくなるのだ。
歪んだ自己愛が他者に与える影響
・自分にまっすぐな感情を向けてくる対象を雑に扱うことで支配欲を満たす人
・自分より立場の弱い人を蔑ろにすることで優位性を保とうとする人
・寂しさは埋めたいけど責任を取るのは面倒だと公言する人
etc...
つくるは流石にそこまではいかない💦
しかし、今まで容赦なく傷付けられてきた彼は頑なだった。
極端に自虐的で人と距離を取りたがる。
何度も剥がされたかさぶたが膿んでいくように、慢性化している自己嫌悪のスパイラルから抜け出せないでいるのだ。
永久凍土並みの自尊心を溶かす、熱い愛
物語の中盤、つくるはかつて自分を切り捨てた友人の一人・ユズに再会し、こんなことを言われる。
「つくる、君はもっと自信と勇気を持つべきだよ。
だって私が君のことを好きになったんだよ。
いっときは君に自分をささげてもいいと思った。
君の求めることならなんだってしてあげようと思った。
熱い血がたっぷり流れている一人の女の子が、真剣にそこまで思ったんだ。
君にはそれだけの価値がある。
ぜんぜん空っぽなんかじゃない」
(村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(2013年・文藝春秋社)より引用)
きっと、ユズに出会う前のつくるのように誰にも深入りしない・させない関係を続けるのはとても楽なのだ。
私も自尊心が低い臆病者なので、つくるに共感する点が多かった。
期待値を下げて妥協する。
付け加えるならば「諦める」ことでしか傷を回避できないところなんてそっくりだ。
特につくるの心の弱さ、痛みへの脆弱さを表現したこの箇所は秀逸だ。
沙羅が別の男性と親しげに手を繋ぎながら歩いている姿を見たシーンである。
大学二年生の夏、四人の親しい友人たちに切り捨てられて以来かもしれない。
彼は目を閉じ、水に身体を浮かせるように、しばらくその痛みの世界を漂っていた。
痛みがある方がまだいいのだ、彼はそう考えようとした。
本当にまずいのは痛みさえ感じられないことだ。
(同上)
いくら傷つけられてきたらといって、いつまでも卑屈でいると人は離れていく。
つくるは36歳にしてやっと自分の心の傷と向き合い、殻を破る努力、プライドを捨てる覚悟ができた。
虚栄心と自尊心は違うということ
彼の心は沙羅を求めていた。
そんな風に、心から誰かを求められるというのはなんて素晴らしいことだろう。
つくるはそのことを強く実感した。
とても久しぶりに。
あるいはそれは初めてのことかもしれない。
もちろんすべてが素晴らしいわけではない。
同時に胸の痛みがあり、息苦しさがある。
恐れがあり、暗い揺れ戻しがある。
しかしそのようなきつさでさえ、今は愛おしさの大事な一部となっている。
彼は自分が今抱いているそのような気持ちを失いたくなかった。
一度失ってしまえば、もう二度とその温かみには巡り合えないかもしれない。
それをなくすくらいなら、まだ自分自身を失ってしまった方がいい。
(同上)
一時的な人恋しさや孤独を埋めるような関係は薄っぺらい。
恋愛でも友情でも家族でも、必ず責任が伴い、波風を立てるべき場面がある。
それがつくるの場合、自分を切り捨てた4人と再会し、沙羅を心から愛することだったのだ。
村上春樹作品特有の、飄々としていて掴みどころのない男性主人公が「生」に触れた瞬間だ。
「ねえ、つくる、君は彼女を手に入れるべきだよ。
どんな事情があろうと。
もしここで彼女を離してしまったら、もう誰も手に入れられないかもしれないよ」
(同上)
ユズはこんな言葉をつくるに贈った。
彼女とは無論、沙羅のことである。
ユズや沙羅といった、真っすぐな心の持ち主に出逢えたら、どんなに人生は豊かになるだろう。
一歩踏み出すには、恥を捨てる勇気が必要だ。
からかわれるかもしれない。
また傷付くかもしれない。
それでも真っすぐな気持ちの持ち主には、正面から向き合うべきなのだ❤🔥
綺麗事では済まない愛と傷に触れてきた、すべての大人に読んでほしい名作だった。
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