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【連続小説4】愛せども

リサは時折、くるくると回る。その度に部屋着の白いブラウスの裾がふわりと広がり、すぼまる。
「それ、なにしてるの」
「幸せで、どうしたら良いか分からなくて」
自分と一緒に住んでいるだけで、そんなふうに思ってくれるのが嬉しい。僕は絶対にこの生活を手放したくない。

台所で、毎日夕飯をつくってくれる。僕が食材のカットや下準備をして、リサが調理するパターンが多い。料理のアシスタントのような気分で、他愛もない話をするのが楽しい。

意外と言うと失礼かもしれないけれど、リサはレパートリーが多い。ウインナー入りのスクランブルエッグが特に好みだ。凝った料理じゃなくて良い。僕が気に入ると、そのときのつくり方をメモしておいて、また再現してくれる。自分のためにそこまでしてくれる人なんて今までいなかった。

二人で近所のスーパーマーケットに出掛けているときのこと、小学校の前の公衆電話を見て、僕は言った。
「公衆電話って最近全然見なくなったよね。そのうち全部なくなるのかも」
「電話として使われなくても、オブジェとして残してほしいな。夜の公衆電話の光って怪しいネオンみたいな光り方をしていて、そこに虫が群がっているのを見るのが好きなの」
リサはそう言った後、歩は止めないが、俯いて無言になった。
「どうしたの?」
何回か呼びかけたが、何も返さない。
「ねえ、何か言ってくれないと分からないよ」
「自分で考えて」
「考えたけど分からないんだってば」
「見たでしょ」
え?
「見たでしょ、通りすがりの女」

5分ほど前に、すれちがった同年代くらいの女性が確かに視界には入った。しかし凝視したわけではないし、そんなに怒られることではない。

機嫌が治らないまま家に着くと、僕はなんとなくテレビを付けた。CM が流れている。  

バチッ──
リサが急にテレビを消した。
「好きだもんね、その女優さん」
実際のところ、僕のタイプの女優で、映画やドラマも彼女が出ていると見てしまう。でもなんで分かったんだろう。
「スマホを見てるときに、その人が出てくるとスクロールする指が止まるもん。」
図星だったが僕は一応の抵抗をする。
「そんなの気のせいだよ、内容が気になったら見るし、女の人とかは関係ないよ」

リサは一呼吸置いて言う。
「今後、女の人を見るのは禁止ね。視界に入れるのもだめ。見ていい女はわたしだけ。分かった?」
「いや、それはさすがに…」
言いかけたときリサは見たこともない形相で、僕を睨みながら、怒りとも悲しみとも付かない表情で言った。
「できないなら、あんた殺してわたしも死ぬから」

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