【連続小説7】愛せども
二人で賃貸している世田谷区の外れにある木造アパートへ帰る。空はどんよりと曇っており、いつ雨が降ってもおかしくなさそうだ。折り畳み傘なんて持っていない。子どもの頃は天気予報を見た母親が持たせてくれたが、今はもうそんな人は近くにおらず、計画的に生きる習慣がない僕は、雨が降ったら濡れるだけだ。僕の隣にいるリサも、当然折り畳み傘を持っているわけがない。雨が降ったらコンビニなり店舗の前に置いてある他人の傘を盗ればいいくらいにしか思っていないだろう。
家に着き、定位置のベッドに座りリサは言う。
「ミチのGoogleアカウント、私も見れてるの知ってる?」
まったく知らない。なんだそれ。めちゃくちゃだ。
「女関係の検索したら、ソッコーボコそうと思ってたけど、意外とそういうのしないね」
まあいい、あとでパスワードを変えよう。
「パスワードとか変えちゃダメだよ」
リサはなぜか目に涙を浮かべている。
「私、ミチのことが好きすぎて、不安に耐えられなくてやっちゃったの」
これまで怒りの感情しかなかったが、きれいな二重の大きいな眼からしたたり落ちる涙は、その粒も大きく美しく見える。順番待ちをしたいたかのように、一つひとつゆっくりこぼれ落ち、あからさまなほどに悲しみを伝えてくる。
僕の心はゆらぐ、これまでの人生で、こんなに僕のことを想ってくれる人はいなかった。そんなリサを捨てることは、僕にとって正解と言えるのだろうか。誰と付き合っても、大変なことやトラブルは必ず出てくる。これもその一つに過ぎない。逃げずに向き合う必要があるのではないか。そうすれば、素晴らしい未来が手に入るかもしれない。
「わかった。別れないよ」
思わず言葉が溢れた。さっきまでのジブンと、今のジブンは別人みたいだ。外に飛びだそうと必死に走っていたが、腰に括りつけられたゴム紐を急に引っ張られ、中心部で構えていたリサの手元にすっぽりと収まったような感覚。僕はここから離れることはできないかもしれない。
近所のスーパーで一番安く売られているインスタントコーヒーの袋を開け、がさつにコップに入れる。怒りなのか悲しみなのか焦りなのか分からない、なぜか興奮して僕の手は震えている。この日の光の入らない木造アパートで、湿気て香りのしないインスタントコーヒーをすする。心を落ち着けるために。
僕の人生はどこに向かっているのだろうか。ここから逃げ出すことは正解なのだろうか。思考は堂々巡りし、拉致があかない。ならば、もういい。このままこの生活を続けよう。
そんなことを考え、少し落ち着き始めたとき、リサが言った。
「私たち、ずっと一緒にいるんだよね」
僕は頷く。
「クレジットカードを貸してほしいの」