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24歳、今日もフィアットを探している

実家の車はいつもゴツゴツしてた。パジェロ、デリカ、ステップワゴン。

父の好きな、家族皆で乗れる強面の車が、私も兄も大好きで。でも私は知っていた。デリカの助手席から、すれ違うビートルを母が目で追っているのを。いつだったかふと母に、フォルクスワーゲンが好きなのかと尋ねると、忘れられない車なのだと母は言った。

あの頃の私には、何を言っているのか分からなかったし、母もそれ以上は何も言わなかった。

時は流れて、東京に出てきた18歳の私には恋人ができた。今までの価値観なんてどうでもよくなったし、その人のためにすべてを捨ててもいいとすら思った。

いつも伊達眼鏡をかけていて、ピカピカに磨かれた革靴を何足も持っていて、さらっと金ボタンのダブルジャケットを着るような、お洒落な人だった。彼に似合う女性になりたくて、私は黒いワンピースを好んで着るようになったし、初めてギャルソンを知った。赤い口紅はこれでもかと集めた。彼が私の全てだった。

そんな彼がフィアット500に乗りたいといつも話してくれた。いつかふたりでレインボーブリッジの見えるマンションに住んで。いつかふたりでふわふわのプードルを連れて。いつかふたりでフィアット500に乗るんだ。フィアットを見かけてはそんな未来を想像して疑わなかった。

もちろん18歳の恋が続くことなんてなくて、22歳の誕生日に経験した初めての大失恋。貰ったヴィヴィアンのピアスはメルカリで売った。あれから口紅を塗るのはやめたし、ハイブランドの洋服のために必死でアルバイトをする事もない。手に入らないものは自分には合わないものなのだともう知っている。

でも、街中でフィアットを見かけるとあの頃のツンとした気持ちが蘇る。

カワサキのバイクの後ろ、ヘルメットの中でこっそりすれ違うフィアットを探しているのは誰にも言ってない。あぁ、でもこれ娘にはいつかバレちゃうんだろうな。

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