【小説】 NEXT GENERATION
上京後、久しぶりに帰省した。
上京前、この辺りには、鐘の壊れた古い教会しかなかったけど、夕日はやけに美しかった。
あんなに美しい夕日は、東京では見られないし、この辺りも微妙に都市化してきたせいで、夕日が見える場所が、すっかり減ってしまった。
あの頃は、ジーンズのポケットから取り出したハーモニカを吹きながら、ひたすら都会での生活を夢見ていた。
夜明けとともに、街外れの駅に友人を誘っては、その日の運行を始めたばかりの電車と地図を見つめながら、どの電車に乗れば、東京まで行けるんだろうかと話していた。
上京して、思いがけずアイドルバンドとしてデビューが決まり、リーゼントヘアだったメンバーが、泣く泣くリーゼントをやめさせられた。
アイツが使っていたグリースの空き瓶には、ドゥー・ワップグループとして成功をおさめる夢が詰まっていた。
それでも、東京で一旗(ひとはた)揚(あ)げたいという思いは変わらず、女性ファン達の黄色い声援に包まれながら、知らない大人達に敷かれたレールをひた走った。
俺達がしたかったのは、こんなことじゃない!と思いながら。
売れた者勝ちと言われる芸能界で成功すれば、誰にも文句を言われず、したいことをできるようになると思って、意に沿わない仕事をし続け、気づけば30代目前になっていた。
俺達がしたいのは、こんなことじゃない!という思いはずっと変わらず、アイドルとして変に祀り上げられたまま、色々なことが狂っていった。
常に周りに監視され、交際や結婚はもちろん、友達付(づ)き合いすらも自由にはできず、初恋相手を長々と待たせてしまった。
パパラッチを利用することを思いつき、高速道路でわざと事故を起こして、ニュース速報を流させ、故郷からついてきた恋人とその家族が同乗していたと報道させて、所属事務所を説得し、彼女の身を守るために、一般人なのに記者会見の場に連れ出した。
デビュー直前から、ストーカーファンによる彼女に対する執拗な嫌がらせや犯罪行為が激しく、頻繁に彼女の部屋に、窃盗犯が不法侵入を繰り返していた。
どういう手段を使っていたのか、警察もアテにはならなかった。
俺に心配をかけまいとして、彼女はしばらく隠していたけど、ある日、泣きながら電話をしてきて、何が起きているのかを知り、愕然(ガクゼン)とした。
彼女の身を守るためにも、結婚したかった。
でも、寝る時間も食事をする時間もないほど忙し過ぎて、会ったり電話で話したりすることも難しくなり、事務所は自然消滅を狙っていやがる気がした。
(狙っていやがる=「狙っている」と「やがる」の複合語。「狙ってやがる」と同義。)
それでも、彼女は俺を信じて待ち続けてくれ、何とか結婚には漕ぎ着けた。
子供達にも恵まれ、他人には幸せな勝ち組家庭に見えただろうな。
ところが、アイドルバンド時代の元メンバーの一人がギョーカイ人に唆(そそのか)され、嘘の闘病話と暴露本出版で騒動を起こし、アイドルバンド時代の確執問題が、ワイドショーや週刊誌で格好のネタにされやがった。
そのせいで、当時はまだ小中学生だった俺の子ども達にまで被害が及び、ミュージシャンになりたいという息子の夢すら、叶えてやれなくなった。
ギョーカイの連中は、こぞって、俺がどう対抗するのかに注目し、世間を煽る記事を書かせやがった。
連中の思惑に乗せられてなるものか!と思い、LIVEツアーのセットリストにアイドルバンド時代の曲を入れて、ムカついただなんて言葉では済まない思いを乗せてみたり、曲の合間に、報道のせいで子ども達にも被害が及んでいると、ポツリと言ってみたりするに留(とど)めた。
それが俺なりの、憤(いきどお)りの表現だった。
ファンの一部は、俺がセットリストにアイドル時代の曲を入れた意味を、得意気(とくいげ)にご新規さんに話していたようだ。
沈静化には年数を要し、その間(かん)に、本当に病に侵(おか)されていた元メンバーが、わずか40代でこの世を去った。
闘病中のあいつを助けてやれなかった罪悪感は、死ぬまで、いや、死んでからもずっと消えないだろう。
確執問題を勃発(ぼっぱつ)させた制裁として、問題の元メンバーとそのシンパの元メンバーを、亡くなった元メンバーとのお別れの会の発起人から外したら、また確執問題の報道が激化した。
マスコミの奴ら、死んだあいつのことを一体、何だと思ってやがるんだ!
アイツの死を惜しむ報道はない。
報道のせいだけでなく、アイドルバンド時代のサウンドを一緒に作っていた仲間を失ったことで、再結成など、とてもできない状況に追い込まれた。
悪いことであっても、世間の耳目(じもく)を集めていることに目をつけたかつての所属レーベルが、俺のアルバム発売日ばかりにぶつけるようにして、アイドルバンド時代の映像を使ったDVDの発売を連発しやがった。
権利問題で、俺達元メンバーには、1円も入らない商品ばかりだった。
それを知らないファン達は、奴らの狙い通りに買い漁った。
そんな中、リテイクを加えたセルフカヴァーアルバムは、一旦、発売中止に追い込まれた。
事前宣伝で配信したガラケー向きの音源は、一部の作品を公開できなかった。
その理由は、元所属レーベルと揉めたせいだと報じられた。
鉄道のレールを見つめながら、故郷で夢見たことは、打ち砕かれた。
それなのに、伝説のバンドだと持ち上げられ、若い世代に憧れられて、表面的な大御所扱いだけは、されている。
一体、どこまで若い世代に真実を伝えるべきだろうか?
若者から見たら大御所の俺でも、死ぬまで現役でいられる芸能界では、見た目の若さも災いして、まだまだ若造扱いされ、世間が思う程の権力なんか、持っちゃいない。
***
この小説は、チェッカーズが企画モノの期間限定バンド「CUTE BEAT CLUB BAND(キュート・ビート・クラブ・バンド)」として発表した楽曲「NEXT GENERATION(ネクスト・ジェネレーション)」をノベライズしたものです。
九州地方から上京して、チェッカーズのメンバーとしてデビューし、フロントマンとして未だに絶大な人気を誇っている藤井フミヤ(本名:藤井郁弥)さんに起きた出来事や、私が勝手に想像した当時のフミヤ(郁弥)さんの気持ちを追加して、ノベライズしてみました。
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