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「返信不要」に救われた日。#3


それでは最終話です。


🔷🔷🔷

わたしは逃げたかった。
どこまでも人の視線が気になる日々から。
ちくちくと棘のように。

誰から?
他人から、そして、自分から逃げたかった
のだと今ならわかる。

カランコロンと心地いい音が鳴り、
その音がわたしを救ってくれた。

気にしすぎないように肩を楽にしてください。

わたしは、その低いのによく響く声とカラフルな粒を渡す意外とほっそりとした手が、来年もそばにあることを信じて疑っていなかった。


🌸🌸🌸

春は嫌いだ。
それはそわそわして、よそよそしくて、
突然にいろんな感情でごちゃごちゃに形成されていくから。


「異動になりました。3年間お世話になりました」

一斉メールでそれを知ったわたしは
しばらく動けなかった。

彼はもう来月には別の支社で働くことになる。
最近はやっと彼の仕事の多くがこなせるようになり、私がいてくれてると楽だよと言ってくれるようになった。
認めてくれたその言葉が嬉しくて、ますます張り切った。
ふと気が付くと彼がいなくても業務がまわるようにシフトや業務量が調整されていた。

…なんだ、みんな知っていたのに。
私だけ知らずに彼に仕事を任されて嬉しいなんて、ばかみたいじゃないか。


桜がはらりと落ちるころが最終出勤日だった。
彼はあくまで淡々と昇進祝いの花を受け取り、笑顔で当たり障りのない言葉や冗談を返す。

私はなんだかつらくなり、屋上で一人コーヒーを飲んでいた。
17時、まだまだ残業しないと終わらない。一息入れて月末の経費締め作業だ。

…頭のもやもやは仕事で追い出せ。うん。


真由さん、お疲れ様です。


この声に何度救われたのだろうか。
わたしは彼の直属の部下なのにみんなと同じ一斉メールで知って、それにも十分傷ついているし、これからやっていけるか不安だし、
ああもう。と思ったところで頭を抱えてしまった。

どうしたんですか、とくっくと笑われてしまった。

「どうして教えてくれなかったんですか?」

サラリーマンの宿命だからね。

答えになっていない。
上司である彼の頭2個分首を持ち上げてみる。
思いのほか彼も寂しそうな顔をしていた。

「真由さん。僕もね、新卒でこちらに入社したわけじゃないんです。
その前に勤めていた会社でいろいろ背負いすぎちゃって。休職してたことがあるんです」

……わたしと一緒だったんですね。

「そう、幸いね、休職していい上司のサポートもあって3か月後に戻ってこれた。その時の上司の言葉は未だに覚えています。

心が疲れてしまった経験は、誰かほかの人の役にたつと思えるときが来ます」


カランコロン。スーツのポケットからいつものドロップ缶の音がした。


もう真由さんにあげられなくなっちゃうな、
ドロップス。

じゃあ手出してください。

ふざけて片手ではなく、両手を出してやると、
激しくカランカランと音を立てて、
色とりどりのドロップスがわたしの手のひらに
広がった。


真面目過ぎるまゆさんが、楽しそうに笑ってくれましたね。

そういう彼のくしゃっとした笑顔が、
今まで見た中で一番最高だった。


「佐久間さん、異動してもこっちに顏見せてくださいね…」

もちろん、と急に立ち上がり膝のほこりを
払うと、あ、と声をもらしてもうひとつドロップスの缶をポケットから取り出した。


まゆさんに、あげます。
彼はわたしの顏もみずに休憩室から出ていった。



缶に鳥の付箋が貼っていた。


あなたの仕事も姿勢も好きでした。
肩の力抜いて生きても、あなたはきっと大丈夫です。

返信はどうぞお気遣いなく。

佐久間



わたしはしばらくその付箋をもったまま、
立ち尽くしていた。



桜の季節に色とりどりのドロップスが
転がっていく。





本日もお付き合いいただきありがとうございました。
無事完結~~!初めての試みです。
何かひっかかることばがあれば感想も教えてくださいませ♪

この物語の主人公真由ちゃんはそう、考え過ぎてしまうやさしいあなた。
人に優しく慎重に考えて人にどう思われているか気になるあなたへ。
真由ちゃんはこれから佐久間君のいない会社で頑張ります。
あなたの「真由」はどう成長するでしょうか。

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