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「ホテル カクタス」を読んで

秋になると再読したくなる小説があり、
江國香織さんの「ホテル カクタス」である。
佐々木敦子さんの挿絵がこの物語に
趣を与えていて、不思議な世界感を
江國さんと佐々木さんが共同で創り
上げているような作品だ。

カクタスというのは、実はホテルではなく
石造りのアパートで、そのアパートに住む
3人の住人の童話のような物語。
3人というのは人間ではなく、擬人化された
きゅうり、数字の2、帽子である。
仕事も性格も趣味趣向も違う、個性がバラバラな
3人だけど、あるきっかけから知り合いになり、
友人の関係になっていく。
特に大きな事件は起きないけれど、
3人で過ごす日常の中で、
何気ないほのぼのなやり取りもあれば、
心が揺さぶられるような場面もある。
過去の苦い思い出を友人にも打ち明けずに
一人で胸の内に秘めていたり、
誰かが哀しい出来事を思い出して突然
沈むようなことがあっても、
それについて触れずに
そっとしておいてあげたり、
ほど良い距離感が保たれていて
真の優しさを感じる場面がある。
家族関係にしても、理想像ではなく
温かな絆がありながらも、実際に生じる
リアルな思いとか、さらっと正直に
描かれているのがいいと思った。
変わりない日々が続くように思っていたら、
突然アパートの取り壊しの話が出てくる。

何回も読んでいるけれど、今回はこの
箇所で目が止まった。

「ここ数日帽子を悩ませているのは、
無常ではなく、それを自分がいつの間にか
すっかり忘れていたという事実なのでした」

もう一匹の忘れてはいけない登場人物が
いて、それはアパートに住み着いている
黒猫で、その結構な年をとった黒猫も
また無常を感じているのだった。
若者にも年老いた者にも、同じように
変化の波はやってくる。
わたしにも身につまされる思いがした。
大きな時代の変化はもうずっと前から
始まっていたようだけど、近年特に
その変化が顕著になり、世の中の情勢に
疎いわたしのような者にも
わかるようになってきた。
この世界は元から無常だったのだ。
変わらないことより変わることが
普通なのだと思ったら、なんだか
潔く明るい気持ちさえ持てそうに
思えてくる。
書いていて、このような感想になるとは
思っていなかったけれど、
来年の秋にまた再読することになったら
その時はどのように思うだろうか。

毎年秋に読み返したくなる小説の感想でした。
手放したくない小説です。







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