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#381 意義化する経済。環境保全・社会課題解決事業に、人々の消費が集まる社会
いかがお過ごしでしょうか。林でございます。
今日は、社会の消費トレンドを知りたいと思い読んだ本を元に、考えたことをまとめていきます。
先日、フィリップ・コトラーのマーケティング理論に則り、マーケティングの潮流は、現在「マーケティング4.0」と呼ばれるSNSなどのデジタルの普及を背景にした誰かに共有したいWow!を生み出すものが嗜好されている、との話をしました。
「パーパス経営」という言葉は、ここ数年で聞くことが多くなりましたが、今後さらに仕事の意義や目的に対する共感が最も重視されていく、という主張をベースに、すでに取り組んでいる企業の事例がいくつも紹介されています。
いくつかは理想論じゃないの?と思われる部分もあるかもしれませんが、自分自身の感覚や自分より若い人と話していると、「いや、これが今後マジョリティになっていくはずだし、マジョリティにしていきたい価値観」だと感じるエピソードが多数あったので、具体的な話に触れながら話を進めていきます。
人間中心から地球中心主義への変容
かつてのデザイン思考の興隆は、企業都合ではなく、生活者視点でサービスやプロダクトの発想を行う人間中心主義の考え方が世界を席巻しました。
コトラーのマーケティング理論で言うと「マーケティング2.0」のような、マーケットイン型で顧客のペインにフォーカスして、サービスやプロダクト開発を行う考え方です。
現在においても、この考え方がベースにはありつつ、「自分のビジネスは、ユーザーに真に寄り添っているだろうか?」だけの視点ではなく、「自分のビジネスは、地球にとって良いものだろうか?」の視点が、世界最先端の価値観になりつつあります。
なぜなら、ユーザーに素晴らしい体験を提供する素晴らしいサービスであっても、それが社会や地球にとってネガティブなインパクトを生み出してしまう事業であれば、敬遠されてしまうからです。
マーケティング4.0の考え方では、「発信」を通じた承認欲求を満たすサービスにフォーカスが当てられていますが、この考え方にも通じるのは、自分の行動が社会課題解決や地球環境保全にも役立っていることが重要です。
これは、「労働」や「消費」に対する我々ユーザーの価値観の変容でもあり、「相手を無理に働かせることはダサい」とか「自分の消費によって、社会課題解決の一助にもなる、地球環境にも良い取り組みになる」というサービスに共感が集まっているということです。
背景には、短期的な株主利益を求めるだけのビジネスに対する懐疑があり、「大きく稼ぐこと」「従業員を多く抱えること」のような規模の拡大を目指す価値観があまり共感されなくなってきていることがあると考えます。
「いくら稼いだか」よりも「稼いだお金を何に使うか」
JINSの創業者・田中仁さんは、モナコで開催された「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」を決める世界大会に出場した際、評価項目の一つに「儲けたお金を何に使っているか」が入っていたことに驚愕されたそうです。
つまり、「どれだけ大きく稼いだか」や「どのように稼いだか」というインの部分に対する評価ではなく、「アウト」の部分にも価値基準が置かれていたということで、「どう稼ぐか」だけでなく「稼いだお金を何に使うか」のそれぞれで、地球中心主義、社会課題解決中心主義の考え方が広まりつつあると理解しました。
「どう稼ぐか」の論点では、企業は単に「作って、売って、終わり」ではなくなります。自社を中心に置いて、自社だけの利益を追求するビジネスではなく、社会的意義をビジネスの中心に置きながら、多様なステークホルダー(従業員、顧客、株主、サプライヤー、地域など)とともにエコシステムを構築するビジネスが支持されるようになりつつあります。
「稼いだお金を何に使うか」の論点では、四半期ごとの決算など、社会評価が短期スパンになっていく流れの中でなかなか経済合理性を訴求しにくい取り組みに対して、長期目線をもって投資していけるか、がますます求められてくるのかなと。
面白い事例が紹介されていたのですが、ワシントンD.C.で創業したサラダ専門店sweetgreenというお店があります。
2018年には企業価値1,000億円を超え、200億円を調達したことでも当時話題になったようですが、全米都市に展開するチェーン店でありながら、地元との結びつきを何より重視しているそうです。
提供するサラダの食材も基本は地元のものとなるので、チェーン店だけど季節ごとにメニューが若干変わります。地元のアーティスト作品を飾ったり、音楽ミュージシャンとのイベントを行うだけでなく、地元農家との公平な取引に関する透明性も意識されているとのこと。
そんなsweetgreenの取り組みの一つとして、FoodCorpsというNPOと連携し、出店した地域の地元学校に対して、sweetgreen in schoolsという1週間のワークショップを開催しているようです。同じ食品を使って3つの調理法で調理して、試食して最も美味しい料理に投票するTasty challengeというゲーム性の高いものも設計されていたりで、子どもたちの食のリテラシー向上を目指した取り組みです。
これらの取り組みは無償なので短期的には企業の利益になりませんが、長期的には栄養や食のリテラシーを身につけた彼らが将来の顧客、ファンになることが期待できます。食に興味を持った子どもたちが地元の野菜農家となれば、地場食材がサプライヤーとなるsweetgreenにとって、素材の安定供給にも繋がります。
このように、稼いだお金を単なる地域コミュニティへの貢献に使うだけでなく、顧客との多様なタッチポイントを作り、関係維持・強化を図っているのです。
長期的リターンに意味付けする「ペイフォワード」
「等価交換」は、顧客からもらった分だけ、今リターンするという考え方です。しかし、事業の意義を追求する世界観では「ペイフォワード」の考え方が重要です。
地域学校向けの食育授業提供は、ペイフォワードな取り組みです。
未来の顧客に対して、自分たちの価値が伝わりやすいサービスを提供する行為であり、短期的な経済合理性だけでは支持されません。しかし、消費者目線では、今の支出以上の価値を享受できるということ。さらに、自分の消費の一部が社会課題解決などに接続する体験を持つことを意味しています。このような、消費者が企業の同志としての感覚を形成することが、長期的なブランドロイヤルティに繋がります。
さらに、エーザイのアニュアルレポートでは、ESGの取り組みが具体的に何年後に企業価値向上をもたらすかを具体的に示しました。人件費投入を1割増やすとPBR(株価純資産倍率)が13.8%増、女性管理職率を1割改善すると7年後にPBRが2.4%向上するなど、パーパス経営では長期視座が重要という概念的な話だけでなく、株主価値として計測可能な形にしており、大変画期的だと感じました。
また、ESG組み込み型の損益計算書により、ESGと株主価値の統合にもトライしています。具体的には、営業利益に人件費と研究開発費を足し戻した金額をESG EBITと定義し、通常は費用と見なされる人件費や研究開発費を将来利益とする考え方を適用しています。通常、業績が悪化するとこれら費用は削減対象となってしまいますが、あくまで営業利益を押し下げるものではなく、将来利益を確保するための投資という判断ができるという考え方です。これをエーザイ幹部は、「積極的な研究開発費の投入により、今苦しんでいる患者を1日でも早く救えるようになる」と表現しました。
大事なのは、パーパスと収益化は両立できる概念ということです。これは、「必ずしも稼ぐ必要はない」という長期施策の収益化からの逃げを許容しないことにもなります。
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