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【思い出】夕暮れ時に忘れられない人を思い出した時に聴きたい邦楽3選!

さっそくですが、夕暮れ時に忘れられない人を思い出してしまった時に聴きたい音楽を「ふと思い出してしまった男子ver.」「記憶が美化される少し前のまだ未練女子ver.」「はじまりと終わり。全ての旅立ちと再会ver.」3曲を紹介します。

ふと思い出してしまった男子ver.

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フジファブリック【茜色の夕日】

ボクの中で生涯一番の「普遍的」な「東京ソング」であり「上京ソング」でもあり「秋ソング」でもあって「失恋回想ソング」でもある。

何故に普遍的なのか。それはこの歌の歌詞にほとんどの具体的な情景描写がなく、全てが漠然で、全てを濁している。具体的な思い出の内容は野暮に語らず、その時、漠然と「君」がどんな顔をしていたかとか、「自分」がどんな気持ちだったかだけを歌っている。それが多くの視聴者のそれぞれの思い出に重なり、突き刺さるのだろう。そして唯一の「君」に対するモンタージュのシルエットがとける部分は、その子の目が小さいという点だ。しかし、これも「小さな目」から「大粒の涙」が流れたという対極の大きさを表す比喩であり、その「涙の大きさ」=「その悲しい出来事の大きさ」を表しているに過ぎない。

唯一の具体的な情景描写は「東京の空の星は見えないと聞かされていたけど、見えないこともないんだな」という部分。しかし、東京の星は見えないと主人公に教えた人が「君」なのか「誰なのか」も曖昧で、その情報のアンサーも「見えないこともないんだな」とそこも曖昧に被せていると同時に「そんなことを思っていたんだ」と思ったままを直接的に素直にある意味具体的に表現しているわけで……なんだろう、こんな考察を書くつもりはなかったのだが、改めてとんでもない絶妙な名曲だなと今また思ってしまったのである。

君のその小さな目から
大粒の涙が溢れてきたんだ
忘れることはできないな
そんなことを思っていたんだ
東京の空の星は
見えないと聞かされていたけど
見えないこともないんだな
そんなことを思っていたんだ


記憶が美化される少し前のまだ未練女子ver.

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なきごと【癖】

この曲は近年TikTokサーフィンしている時に、インフルエンサーでもない一般の子の誰かがオススメしていてなんとなく聴いてみた2人組ガールズバンド。そしたら、イントロでガツンと掴まれてしまった。言ってしまえば、めっちゃ銀杏BOYZっぽいのだが、それはイントロと間奏の音色だけで、サビの力強い音と女の子の可愛らしい未練の吐露とのバランスが絶妙で、男(オッサン)のボクでも共感とグッと胸にくるものがある。

歌詞に表現された情景はそのまだ彼に未練のある女の子の家路と帰宅後の一人でいるアパートの一室である。これは差別でも偏見の意味もなしのボク個人の感覚なので語弊なく受け取って貰いたいが、築年数の経った狭い木造アパートが似合うその青々しさというのは若者の特権であると思っている。

高校時代、ボクはバイトを始め、初めて自分で自由に使えるお金ができた時、高校生にとっては少し高い洋服などを買っていた(当時裏原系が流行していた)。そんなボクを見た母が、「若いうちはボロボロのTシャツでも似合うんだから」と言った。「歳をとって、おじいちゃんになるにつれ、小綺麗な格好をしていけばいいの」と母は続けてボクに言った。妙に納得した。そして今、相変わらず金のないボクは、この世の中にユニクロとH&M(GUも)が存在して本当に良かったと感じている。

いつか良い部屋に住みたい。若い時はそう思っていた。今でもそう思っているが、タワマンには興味はない。本当にそう思っているが、もしかしたらそれは無意識の中での強がりと諦めも入っているのかもしれない。勝ち組。嫌いな言葉だ。勝ち組と呼ばれる人の大体は欲が強い。しかし、欲が強いこと自体は悪いことではない。欲が強い人ほど人生登り詰めることができる。上に登る為なら、時に人を傷つけようが蹴落とそうがなりふりは構わない。一方、欲のない人には優しい人が多すぎる。しかし、その優しさが人生を直接的に好転させることは悲しくも少ない。勿論、全ては一概に言えることではない。何が言いたいわけでもない。話がだいぶ逸れてしまった。

今でも家に帰れば
換気扇前少し大きな背中が
私の帰りを待ってる
そんな気がしてる


はじまりと終わり。全ての旅立ちと再会ver.

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くるり【Remember me】

名曲。「ばらの花」の時もそう思ったが、岸田さんの作詞の才能は天才的でその散文詩的な世界は視聴者に委ねられ、投げられた我々は想像を膨らませ、全てが自分に重ならなくとも、セルフでお気に入りのフレーズを切り取ることができる。だから、フレーズ単位で自分に重ねればいい。この歌詞の世界の主人公は一人なのか、群像なのか、誰目線なのか、そして時系列も飛び飛びな構成となっている。きっと家族を題材に歌っている曲だとは思うが、全ての辻褄を気にしなければ、解釈は自由である。なので、これ以上の考察はしない。ただ一つ言えるのは、ある程度人生を生きた大人の曲である。

この曲を聴いて、何を思い出すか、誰を思い出すかは自由である。そして、その思い出してしまった思い出は、きっとあなたにとって大切なものだと気づかせてくれる。

すべては始まり 終わる頃には
気付いてよ 気付いたら
産まれた場所から 歩き出せ
歩き出せ

遠く離れた場所であっても
ほら 近くにいるような景色
どうか元気でいてくれよ



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